In Union With The Father

「しかし、まことの礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」(ヨハネ4:23)

霊とまことをもって礼拝するという意味は、御言葉にしたがって礼拝するという意味です。しかし、霊で礼拝し神に仕える前には、御父とその人の霊が一体になっていなければなりません。イエスは仰せられました。「父は、このような人々を礼拝者として求めておられる」 なぜ、御父は、このような人を求めておられるのでしょうか?

真実の礼拝とは、御父との交わりです。これは、単に賛美を歌うことや祈りを捧げることではなく、あなたの霊が御父と交わる時、霊的な領域で起こる交わりです。時に、あなたは礼拝の中で、素晴らしい聖霊が触れてくださることを経験することがあるでしょう。礼拝では、言葉では言い表せない喜びがあふれる経験をすることがあるのです。

神は、あなたの霊で、ご自分に仕えてほしいと願われています。脳みそと考えだけで神に礼拝することはできません。感覚的にも同様です。ローマ1:9ではパウロがこのように述べています。「私が御子の福音を宣べ伝えつつ霊をもって仕えている神があかししてくださる」 あなたは、霊により神に仕えています。あなたの霊は神が住んでおられる場所であり、神の光は、あなたの霊のうちに宿っています。だからこそ、御言葉の中で、そして御言葉を通して、生きることによって、あなたの霊で神に仕えましょう。

祈り
愛する御父よ。私の生涯は、御父の臨在と霊との決して離れることのない一体となり、私は栄光に満ちた交わりと、栄光から栄光への変わっていくのを楽しみます。私は、力と勇気と神聖な活力に満たされています。イエスの御名で祈ります。アーメン。

参照聖書
1コリント6:17  しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。

ピリピ3:3  神の御霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇り、人間的なものを頼みにしない私たちのほうこそ、割礼の者なのです。

1コリント12:13  なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。