6月26日(月)
純粋な心で主を愛する
Love The Lord With A Pure Heart

「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。」(1ヨハネ2:15)

第一テモテ1章5節には、「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標としています。」とあります。純粋な心とは、主を心から愛し、主の御言葉を絶対的に信じる(疑問や疑いのない)心のことです。

あなたがよくすべきことは、あなたの心が愛の中で、神に対して純粋であるかどうかチェックすることです。主に対するあなたの愛は、偽りのないものでなければなりません。冒頭の聖句を振り返ると、聖書にデマスという人物が思い浮かびます。 

デマスは、「ルカによる福音書」や「使徒の働き」の著者であるルカと密接に協力していました。また、偉大な使徒パウロとも非常に密接に仕事をしていました。実際、パウロは彼を福音の同労者の一人に挙げています。「…あなたがたの仲間のひとり、キリスト・イエスのしもべエパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。…あなたがたのために祈りに励んでいます。…愛する医者ルカ、それにデマスが、あなたがたによろしくと言っています。」(コロサイ4:10-14)

パウロはピレモン1章24節でも、彼のことを述べています。「私の同労者たちであるマルコ、アリスタルコ、デマス、ルカからもよろしくと言っています。」デマスはパウロと共同労働者だったのです。彼はとても良い仲間であり、果たすべき務めがありました。

しかし、第二テモテ4章9-10節で、パウロはテモテに言っています。「あなたは、何とかして、早く私のところに来てください。デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、…」主への彼らの愛は純粋ではなかったのです。これがまさに、ある人たちの最初は良かったが、終わりは良くない理由を説明するものです。パウロは、デマスが自分を見捨てたのは、彼がこの世を愛したからだと言いました。あなたは、父を愛し、同時に世を愛することはできません。この世を愛するのは、あなたの中に父の愛を持っていないということです。

デマスはパウロやルカ、他の福音宣教するたちと一緒に働いている間、ずっとこの世とこの世のものを欲しがっていたのです。そして結局、彼は自分の神聖な運命と目的を果たすことができなかったのです。

純粋な心で主を愛し、主に心から仕えてください。主があなたのすべてになるようにしてください。 聖書には、「私たちの主イエス・キリストを朽ちぬ愛をもって愛するすべての人の上に、恵みがありますように。」(エペソ6:24)と書かれています。

祈り
主イエスよ、主は私の人生を治めています。私にとって主が全てです。主のために生き、完全な心で主に仕える恵みに感謝します。あなたは聖なる方、純粋な方、正しい方、愛する方、真実な方です!主だけが唯一真の神であり、私は主を永遠に愛しています。アーメン!

参照聖書
(ガラテヤ6:14)しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

(コロサイ3:1-2)こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右の座を占めておられます。あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。

(第二ペテロ3:12-14)そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。