6月23日(金)
神の良いわざ
His Good Works

「それは、ナザレのイエスのことです。神はこの方に聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者をいやされました。」(使徒の働き10:38)

ヨハネ9章では、イエスとともに歩いていた弟子たちが、生まれつき目の見えない人を見かけました。弟子たちは、「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、この人とその両親、どちらが罪を犯したのでしょうか?」と尋ねました。彼らが知っていたことによると、神は、神の正義の制度において、盲人やその両親を罪に対して罰していると考えていたのです。なんという考え方でしょう!

しかし、主の返答を読んでみましょう。 「イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行わなければなりません」(ヨハネ9:3-4)。多くの人はこれを読んで、その人の目が見えないことが 「神のわざ」の一つであると思い込んでしまいます。それは誤りです!

翻訳者の独断で、この3節末に本来あるべきでない句読点(完全停止)を入れてしまったのです。より正確には、「…神のわざがこの人に現れるためで、わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行わなければなりません」となります。

イエスは、「この盲人には、サタンのわざが見えるが、神のわざがこの人に現れるためには、わたしが何とかしなければならない!」と言われたのです。そして、その人を癒したのです。ハレルヤ!盲目は神から出たものではありません。 使徒の働き10章38節には、「それは、ナザレのイエスのことです。神はこの方に聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者をいやされました。」とあります。

虐げは悪魔によるものですが、父は、聖霊と力を注がれたイエスを遣わし、手足の不自由な人を癒し、目の見えない人を見させ、心の傷ついた人を癒し、悪魔に虐げられている人を解放し、死者をもよみがえらせました。これが、神の御業なのです!ハレルヤ!

祈り
愛する父よ、今日、世界に示された比類なき主の善良さ、優しさ、愛、そして義に感謝します。私は、神の子たちの中で、彼らを通して、神の完全な御心が、地上と人々の生活の中で働くことにより、人々に対するサタンの支配が破壊されることを宣言します。まことに、地上は神の慈しみで満たされているからです。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(マタイ10:8)病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

(へブル10:7)そこでわたしは言いました。『さあ、わたしは来ました。聖書のある巻に、わたしについてしるされているとおり、神よ、あなたのみこころを行うために。』」

(エペソ2:10AMPC)「私たちは神(ご自身)の作品(傑作品)であって、[予め計画された]良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって[新しくものとして]造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩む[良い生活を送る]ように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。」