Be Confident: The Word Never Fails!

“あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。”(ピリピ1:6)

時にある人々は主が、主の約束を”少し遅く”守られると考え、自分の方法通りに主を“助けて差し上げたり”主のために状況を“直そう”とします。これは間違っています! 問題は神様にあるのではなく、御言葉を信仰と一致しない彼らにあるのです。アブラハムとサラの話が適切な例です。アブラハム75歳、サラが65歳の時に神様は彼らに子孫を与えると約束されました(創世記17:1-8を読みましょう)。

10年が経った後も、彼らは相変わらず後継ぎがいませんでした。するとサラは自分の子どもを持つ年が過ぎたと考え、アブラハムにエジプト人の女奴隷ハガルによって子どもを持つようにしました。もしかしたら神様の御言葉が、ハガルを通して成されると考えてです。アブラハムはサラの提案に同意しました。このような関係を通して一人の赤ちゃんが生まれました。その子がイシュマエルです。しかしこの一つの行いによって、サラ自身に言葉で表せない挫折感をもたらすようになり(創世記16章を読んでみましょう)、イサクと彼の子孫たちに数えられない問題をもたらし、今日もイサクの子孫とイシュマエルの子孫の間での葛藤は引き続いています。

主は決して失敗や落胆されません。しかし主は、私たちがいつも主の御言葉と信仰を一致させることを期待されます。これがまさに、私たちの人生の“今”に実在をもたらします。ヘブル11:1は言います。“ 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。” 神様はあなたに御言葉を下さる時に、あなたがその御言葉を成される主を絶対的に信じて確信することを願われます。主の御言葉は信頼することができます。それは決して失敗しません。イエス様はマルコの福音書13:31でこれを強調されました。”この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。”

まことに主を信頼し、あなたの信仰を主の御言葉に置きましょう。人間的な知恵や考えを用いて、主のために何かを奉げられる努力をしないで下さい。主の御言葉を”理性によって従う(rationalize)”ことをやめましょう。主が約束をその通りに成されることを確信しましょう。主は人ではないため、嘘をつくことが出来ません。”約束された方は真実で尊い方です。それにゆえ、私たちは動揺しないで、しっかりと希望の告白をつかんで立たせましょう。[So let us seize and hold fast and retain without wavering the hope we cherish and confess and our acknowledgement of it, for He Who promised is reliable (sure) and faithful to His word.]“(ヘブル10:23, AMP)

祈り
愛する父よ。あなたの御言葉に対する私の確信は揺らぎません。私はあなたの全ての約束が“はい”であり“アーメン”であることを知っているからです!”私の人生を楽しみで満たして下さり、私が行くべき道、すなわち聖霊と御言葉を通した栄光と卓越の道へと導いてくださり感謝します。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

参考聖句
ヤコブ1:3、詩篇118:8-9