4月9日(土)
心配を取り払いましょう    
Repel Worry

「だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。」(マタイ6:25)

神はあなたがどんな事に対しても心配することを望んでおられません。不安が心を襲うとき、それが自然に消えるとは思わないでください。心配は霊的なものです。したがって、あなたは信仰の盾で不安を退けなければならないのです。「これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます」(エペソ6:16)。

心配事からあなたの身を守り、そして、自分の状況に関して、口にした神の御言葉である霊の剣で攻撃に出る必要があるのです。それが、心配を取り払うために使うもの、つまりあなたの口の中にある神の「レーマ」なです。

神の言葉は、何と書かれているのでしょうか。「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:6-7)。心配したり、泣き声を言ったりしないで、あなたの望みを宣言し、それが実現されたので、神に感謝してください。ハレルヤ。

それを成すことにより、聖書は「理解を超えた神の平和が、キリスト・イエスにあって、あなたの心と体を守ってくれる」と書かれています。ですから、あなたの状況はよくないし、すべてが問題あるように見えるにもかかわらず、あなたは平安なのです。他の人は、なぜあなたが多くの問題の中で全く動揺していないのかを理解することができません。理由は簡単で、あなたが御言葉に基づいて行動しているからです。あなたは自分の思い煩いをすべて神に投げ出しているのです(第一ペテロ5:7)。それが、心配のない人生を送る方法なのです。

祈り
愛する父よ、私はあなたがキリスト・イエスにおいて私のためにしてくださったこと、そして私に与えてくださったことのすべてに確信を持っています。主が私に栄光と勝利の特別な人生を与えてくださったことを、いつも喜んでいます。私の人生は多くの人々を押さえつける奮闘、心配、問題から自由な人生です。すべての理解を超えた主の平和は、今も私の心と体を覆っています。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(ルカ12:22-30)それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

こんな小さなことさえできないで、なぜほかのことまで心配するのですか。ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。

ああ、信仰の薄い人たち。何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。

(第一ペテロ5:7 AMPC)あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。