2月26日(土)
霊的に見て生きてください
See And Live Spiritually

「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(箴言16:25)

創世記13章14節で、神はアブラハムにこう言われました。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい」。アブラハムは物理的な世界を見ていたのではなく、霊的な世界を見ていたのです。使徒7章5節を読むと、それを解読するのは簡単です。「ここでは、足の踏み場となるだけのものさえも、相続財産として彼にお与えになりませんでした。それでも、子どももなかった彼に対して、この地を彼とその子孫に財産として与えることを約束されたのです」。

そのことについて考えてみてください。アブラハムはその土地を少しも所有したことがないのに、神は「あなたとあなたの子孫にその地を与える」と言われたのです。つまり、アブラハムが目を上げて見たとき、彼は地上のことを考えず、霊的に考えていたのです。

しかし、アブラハムの甥のロトはそうではありませんでした。ロトが同じような機会を得たとき、聖書に書かれていることを読んでみましょう。「ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、…どこもよく潤っていた」(創世記13:10)。ロトは肉眼で見える、その土地の豊かさと麗しさに心を奪われたのです。ロトも義人であったことを思い出してください(第二ペテロ2:7)。しかし、彼は霊的に見ることができなかったので、間違った選択をし、人生を台無しにしてしまったのです。

今日、他の人が賞賛するようなある選択をするクリスチャンがいます。しかし、その選択は彼らの破滅につながるのです。ですから、肉欲的な選択をしないでください。御霊によって、御霊を通して、霊の中から見てください。

聖霊があなたの心の中にある神の夢を成し遂げるのを助けることができるようにしましょう。霊的に見て、霊的に生きてください。そうすれば、あなたの人生のすべては、ただ一つの明確な動機を持つでしょう。そして、もっぱらイエス・キリストに栄光を返すことだけを考えるようになります!ですから、人生の選択をする時には、肉的で利己的な思いを排除した純粋な心、義の心を持って選択するのです。

祈り
愛する主よ、私の願いは、主を喜ばせ、主の完全な御心のままに歩み、主の御心と目的が天にあるように地と人の心の中に確立されるのを見ることだけです。主の霊が私を徹底的に聖くし、私の人生における主の栄光と、主に仕える私の心の清さに感謝します。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(コロサイ3:1-2)こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。

(マタイ6:33)だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

(へブル11:8-10)信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。