THE HONOUR OF SERVICE IN GOD’S HOUSE

「もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。」(1コリント3:15)

リーダーになることは大変な栄光です。政治、政府、教育のいずれであっても構いません。リーダーと呼ばれることは非常に大きな栄光です。しかし、神の家で指導者になることは、さらに大きな栄光です。キリストに属する役割だからです。それは、キリストの働きであり、その働きの一部があなたに与えられていることを意味します。

マタイ16:18で、イエスはこう言われました。「…わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」イエスは 「わたしと共に教会を建てましょう」と言わなかったことに注意してください。むしろ、イエスは「わたしは、わたしの教会を建てます」と言われました。イエスが教会を建てる方法の一つは、人々を導いて教えるように任命された教会のリーダーを通して働くことです。そのため、主のビジョンを実現するために、私たちが果たす働きのすべては大きな責任を伴っています。その場合、私たちは何をしてもただ主の御名の中で主の御旨に従って行わなければなりません。私たちの意志ではありません。なぜなら、主は私たちに主の家で仕える光栄だけをくださったからです。

これは私たちが神の家で認定されることについて必ず感謝が必要であることを知らせてくれます。神の家であなたに授けたどんな役割も、それは神聖です。それを吟味して大切にし、キリストに仕えるように、その務めを果たしてください。聖書は最後の時に、私たちがしたすべてのことについて、神に説明しなければならないと言われています。したがって、細心の注意を払って行なってください。

忘れてはならないのは、すべての事の終わりには、2つの重要な裁きがあることです。キリストの裁きがあり、私たちは御前で主の報いと賞賛を受け取ることになります。一部の人は、他の人よりもさらに栄光があり、または動機が誤っていて失敗する人々もいます。主は私たちが人間的な野望や肉的な欲望によって、主に仕えることを望んでおられません。主は私たちが愛と謙遜、神への従順、そして神の目的にかなう働きをしてほしいと願っておられます。心を尽くして主に喜んで奉仕し、すべての事に主を喜ばせましょう。 

祈り
する御父よ、主の家と御国のために仕える栄光と祝福に感謝します。愛と謙遜と従順をもって父に献身するとき、私の心と思いは、父の喜ばせる働きのために聖別されています。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(2ヨハネ1:8) よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。

(黙示録3:11) わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。

(2テモテ2:20-21) 大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用います。21 ですから、だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。