2025年8月31日(日)
人間の形をとった神
God In Human Form
「聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。」(ローマ1:4)
聖書は、イエス・キリストが神の御子であると教えています。これは驚くべき声明です。なぜなら、イエスご自身がそう言われたからです。また、他人がイエスを「神の御子」と呼んだ時、主は否定せず、むしろそれを肯定したからです。しかし、「神の御子」とは具体的に何を意味するのでしょうか?私はこれまでに何度も説明してきましたが、繰り返し述べる価値があります。
「神の御子」とは、文字通りの意味で、神によって生まれた人を意味するわけではありません。「「神の御子」とは、神が人間の肉体をまとったことを意味します。したがって、イエスが「私は神の子である」と述べた時、周囲のユダヤ人はその意味を正確に理解していました。彼らは怒ったのです。なぜなら、「神の子」という言葉が、神が人間となることを意味するからでした。
そのため、彼らはイエスを冒涜の罪で非難し、「あなたは人間であるのに、自分を神と同等にするのか」と叫びました。しかし、それがまさにイエスの本当のことであり、イエスの復活がその証拠です。神は人間となられ、私たちを救いのために、肉体をまとって私たちの間に住まわれました。そうして私たちも神の子たちとなるためです。「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」(ヨハネ1:12-13)
主イエスは、私たちが主のように生き、神と交わるために、私たちに救いと永遠の命を与えてくださいました。今、私たちは神の愛する子として神と関係を持つことができます。私たちは神と話すことができ、神も私たちと話します。主は私たちを神と同じ階級に迎え入れ、私たちをご自身のようにされました。1ヨハネ4章17節には、「私たちもこの世にあって、キリストのような者であるからです。」とあります。今や私たちも神の子なのです。「…事実、いま私たちは神の子どもです—御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。…」 (1ヨハネ3:1) ハレルヤ!
祈り
愛する父よ、イエス・キリストが神の御子として啓示されたことを感謝します。イエスは、人の肉体を持って現れた神であり、その復活を通して、父は私に永遠の命と父との一体を授けられました。私はこの神聖な関係を意識して生き、父との大胆なつながりと交わりの中を歩んでいます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ヨハネ1:14) ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
(ヨハネ10:30-36) わたしと父とは一つです。」 ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた。イエスは彼らに答えられた。「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」ユダヤ人たちはイエスに答えた。「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです。」イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの律法に、『わたしは言った、あなたがたは神である。』と書いてはありませんか。 もし、神のことばを受けた人々を、神と呼んだとすれば、聖書は廃棄されるものではないから、『わたしは神の子である。』とわたしが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が、聖であることを示して世に遣わした者について、『神を冒涜している。』と言うのですか。
(1テモテ3:16) 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」