Having Prayed, Don’t Doubt!

“まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。”(マルコ11:23-24)

切に願っていることを祈る時、あなたは心の中に疑いが入ってくることをそのままにしてはいけません。これは祈りの中で一番確信的な信仰の原理であり、特に信仰の祈りである場合はますますそうです。祈りにはいくつもの種類があり、信仰の祈りはそのうちの一つです。とりなしの祈りや、求める祈りのように繰り返してする祈りとは違って、信仰の祈りの方式は、祈るときにすでに受けたと信じなくてはいけないということです。

神様に、同じ事を繰り返して求めるということは、心の中に疑いが始まっているという意味です。祈りを繰り替えする度にあなたは、前に捧げた祈りを無効にしているのです。それは農夫がある日種を蒔いて、次の日に根こそぎ抜いて、また再び種を植え、次の日にまたそれを抜いてしまうのと同じです。彼がどれほど収穫を願っていようとも、その種は決して育つことはなく、彼は絶対に収穫することが出来ないのです。

あなたの霊は、神様の御言葉に反応するようにプログラミングされています。聖書は言います。”人は心(heart)に信じて義と認められ、”(ローマ10:10) すなわち、あなたの霊(spirit)がまさに、神様が影響を与えようとされる部分なのです。従って、人間の霊の中にある神様の御言葉が信仰をつくり出します。あなたの霊(spirit)にある確信についてたましい(mind)から疑問を提示して来ようとも、これがすなわち心と霊で(heart)疑っているという意味ではありません。前にお話したように信仰に反対し疑おうとするものは、人間のたましい(mind)から出てくるものです。

持続的に御言葉を行うことで、あなたはあなたの信仰を強く発展させることが出来ます。アブラハムは強い信仰を持っていました!彼は子どもがひとりも居なかった時にも自らを”あらゆる国の父”と呼び、堅く立てられた信仰で神様に栄光をお捧げしました(ローマ4:20)。彼は疑いにどのような部分も場所を明け渡しはしませんでした。それは、強い信仰の特性の中の一つです。神様が、あなたが持っていると語られるものを強く守りましょう。御言葉を受け入れ、信じ、その通りに行いましょう。御言葉は決して失敗しないからです。

告白
私の信仰は生きており、強く、環境を超過します。私は不信仰によって神様の御言葉に揺らぐことを拒絶します。私は信仰の中に堅固で、神様の御言葉が決して失敗することが無い事を確信し、祈って求めるものは何でも、すでに受けたと確信します。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

参考聖句
ローマ 4:19-21