About cejapan

2026年10月12日(月)

イエス・キリストによってもたらされた恵みと真理

Grace And Truth Came By Jesus Christ

「というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。」(ヨハネ1:17)

聖書は、モーセを通して与えられたもの(律法)と、イエス・キリストを通して与えられたもの、すなわち、恵みと真理、との間に、際立った対照があることを明らかにしています。これは単なる教義や宗教的慣習の変化ではなく、人間の最も深い必要に対する神の究極の答えが明らかにされたことでした。

律法には目的がありました。律法は罪を暴き、人間が自らの努力によって義に達することができないことを明らかにし、救い主の必要性を示したのです。しかし、律法は命を与えることも、義を生み出すことも、人間を神との交わりへと導くこともできませんでした。律法は問題を明らかにしましたが、解決策を提供することはできなかったのです。

そして、イエスが来られました。イエスを通して、恵みと真理が明らかにされたのです。恵みとは、救いの賜物を通して表される、人間に対する神の愛に満ちた御心です。神は私たちのために行動されました。それは私たちがそれに値したからではなく、神が私たちを愛しておられたからです。神は、私たちが義と認められるように、イエスを私たちのために罪とされました。

真理とは、キリストにおける神の実在の啓示であり、神がどのようなお方であるか、神が何を成し遂げられたか、そして私たちがキリストにおいてどのような者となったかという事実の明らかにされることです。これこそが、福音がこれほどまでに栄光に満ちている理由です。イエスは単に義について語られただけでなく、私たちを義とされたのです。イエスは単に罪を暴かれただけでなく、その力と罰を取り除いてくださいました。単に神への道を示されただけでなく、私たちを父との一致と交わりへと導き、罪人にとっての神への道とならせてくださいました。

律法では決して成し得なかったことを、恵みはイエス・キリストを通して可能にしてくださいました。イエスへの信仰によって、私たちは義とされ、義と宣言され、神との正しい関係に置かれたのです。これこそが新約聖書における祝福なのです。聖書にはこう記されています。「ですから、兄弟たち。あなたがたに罪の赦しが宣べ伝えられているのはこの方によるということを、よく知っておいてください。モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。」(使徒13:38-39)

今日、私たちは規則や規定を通してではなく、恵みと真理を通して神と交わっています。あなたはイエス・キリストを通して、神との生きた関係に導かれたのです。ですから、神があなたに惜しみなく与えてくださった恵みと、真理と、義のうちに歩んでください。

祈り

愛する父よ、私は、イエス・キリストを通していただいた、義、永遠の命、そして父との交わりという祝福に喜んでいます。私は、キリストにある自分が誰であるかの実在、あなたの恵み、知恵、義、そして真理の満ち溢れる中で歩みます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(ヨハネ1:16-17)私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。17 というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。

(ローマ3:21-22)しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。


2026年10月11日(日)

律法とは別に現れた義

Righteousness Apart From The Law

「しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。」(ローマ3:21)

多くの人々は、ローマ3章にあるパウロの言葉を読み、神の御前で義と認められる者は誰もいないという結論に至っています。彼らは10節に書かれている「それは、次のように書いてあるとおりです。『義人はいない。ひとりもいない。』」という箇所を引用し、それが神によるすべての人類に対する現在の評定であると想定しています。しかし、パウロの論旨を注意深く追っていくと、彼がキリストにある人々に対して語っていたのではないことがわかります。彼は律法の下にある人々に向けて語りかけていたのです。

ユダヤ人たちは、律法を持っているという理由で自分たちが優位にあると信じていましたが、一方、異邦人たちは、約束の契約から疎外された部外者と見なされていました。しかし、パウロは、律法を持っているからといって、誰も義とされない、と論じました。もし義が律法によって得られるのであれば、律法のすべての要求を完全に満たさなければなりません。しかし、彼らが信頼していたその律法こそが、彼らに対して罪に定めていたのです。律法は、「善を行う者はいない。ひとりもいない。」(詩篇14:3)と宣言していたのです。

パウロは律法を広く引用し、次のような力強い結論を導き出しました。「さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。……」(ローマ 3:19)律法は罪を明らかにし、全世界を神の御前で有罪としました。パウロはさらに次のように説明しています。「……律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。」(ローマ3:20)

律法は人間の状態、すなわち罪の性質を明らかにしましたが、義を生み出すことはできませんでした。そうして、聖書において最も栄光に満ちた転換の一つである、新しい秩序がもたらされました。それは、冒頭の聖句にあるように、律法とは別に明らかにされた神の義です。この義は、行いによって、あるいは律法の要求を守ることによって得られるものではありません。それは、イエス・キリストへの信仰を通して明らかにされ、授けられる、神ご自身の義なのです。

もはやあなたは新しく生まれ、神の恵みによって無償で義と認められました。あなたは義となるために苦闘する必要はありません。律法では決して生み出すことのできなかった義が、イエス・キリストを通して賜物としてあなたがたに与えられています(ローマ5:17)。キリストは、あなたの義となられたのです(2コリント5:21)。神を賛美します!ですから、神があなたをご覧になるように、自分自身を見てください。あなたは、キリスト・イエスにあって、聖く、受け入れられ、聖別され、義と認められた者なのです。

祈り

愛する父よ、イエス・キリストを通して神ご自身の義を明らかにしてくださり、私たちが義と認められるために、御子を私たちのために罪とされたことを感謝いたします。私は、義と認められたこと、そして主との一致を自覚しながら歩みます。今日、私は罪に定められることから解放され、主の義に完全に立て、勝利のうちに生きていきます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(ローマ5:1)ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。

(ピリピ3:9)キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。

(2コリント5:21)神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。


2026年10月10日(土)

キリスト教の卓越性

The Genius Of Christianity

「神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」(コロサイ1:27)

キリスト教を、他のあらゆる宗教、哲学、あるいは人間の努力による体系と一線を画すものは何でしょうか。その力と独自性の秘密とは何でしょうか。その答えは、ある深遠な真理、すなわち「あなたの内におられるキリスト」にあります。キリスト教とは、神聖な奥義が明らかにされること、すなわち、聖霊を通して神ご自身が人間の中に宿られるということです。これこそが、キリスト教の卓越性なのです。

実際、「卓越性」という言葉がラテン語に由来し、霊、すなわち生まれながらにして人の人生を司る(つかさどる)存在とされる守護霊や神を指すという点には興味深いものがあります。さまざまな文化に類似した概念が存在してきました。例えば、ナイジェリアのイボ族の間には、「チチ(Chi)」という概念があり、これは個人の守護天使や守護する霊を表すます。 

しかし、キリスト教が提示するものは、それよりもはるかに偉大なものです。聖霊こそが、あなたの人生に責任を負う神聖な人格であり、神聖な守護者であり、ともにおられるお方なのです。素晴らしいのは、聖霊が遠くからあなたを導くのではなく、あなたの内に住まわれているということです。神に栄光をささげます!このことをよく考えてみてください。神の御心に従って、あなたを導き、助け、強め、教え、連れ出してくださるお方が、あなたの霊の内に住まいを構えておられるのです。

あなたは決して、自分の知恵や力、能力だけで人生を歩むよう放っておかれることはありません。あなたの中におられる聖霊が、王国の実在を認識し、理解できるよう導いてくださいます。聖霊は、あなたが知らないことを知っておられ、神の完全な御心に従って歩み、それを成就できるよう導いてくださいます。これこそが、クリスチャンとしての生き方の並外れた特権なのです。

神の力、知恵、恵み、そして臨在は、あなたが手を伸ばして求めようとしている外的な実在ではありません。それらは聖霊を通して、あなたの内に宿っているのです。聖霊はあなたの中で、またあなたを通して働き、あらゆる課題に十分対応できるようあなたを備え、あらゆる善きわざにおいて実を結ぶようにしてくださいます。キリスト教の素晴らしさは、単に神があなたを助けてくださるということだけではありません。聖霊があなたの内に住まわれ、あなたの人生における神の目的の成就に向けて、あなたを導き、強め、率いていくという個人的な責任を担ってくださっていることにあるのです。神はなんと素晴らしい人生を私たちに与えてくださったことでしょう!

祈り

愛する父よ、私の中にキリストがおられるという祝福と実在を、ありがとうございます。私は、聖霊が私の内に住まわれ、私の人生において働きかけておられることを自覚しながら生きています。聖霊は知恵をもって私を導き、あらゆる課題に立ち向かえるよう私を強め、主の完全な御心を成し遂げるように私を導いてくださいます。今日、主の命と力と栄光が、私を通して表されます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(ヨハネ14:16-17)わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

(ガラテヤ2:20)私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

(1ヨハネ4:4)子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。


2026年10月9日(金)

あなたはどの仲間を選のか

Which Company Would You Rather Keep?

「 しかし、あなたがたは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の御使いたちの大祝会に近づいているのです。…また、天に登録されている長子たちの教会、…」(へブル12:22-23)

あなたが尊敬する人々は、あなたが大切にしている価値観をよく表しています。歴史的に、人々は、戦士、王、発明家、政治家、芸能人など、周囲の世界を変えた功績を残した著名な人物たちを称えてきました。しかし、聖書は、信仰によって生き、その時代において神の御心を成し遂げたために、神から称賛され、讃えられた特別な人々を私たちに示しています。

アブラハム、モーセ、エステル、ダビデ、ダニエル、パウロ、そしてその他の信仰の英雄たちについて読むとき、あなたは単に歴史的な記述を読んでいるだけではありません。あなたは、個人的な野心よりも神の御心を重んじ、その生涯がこの世をはるかに超えた実を結んだ人々の模範を見ているのです。彼らは、聖書が語る「多くの証人たち」(ヘブル12:1)の一部です。

これらの人々は、その信仰、勇気、従順、そして神への献身によって、世代を超えて今もなお人々に励ましを与え続けています。彼らの生涯は、真の偉大さが世俗的な功績によって測られるのではなく、神の召しへの忠実さによって測られるものであることを、私たちに思い出させてくれます。ヘブル11章4節から38節を読んでみてください。きっと大きな励ましを受けることでしょう。

神の子として、あなたは彼らの仲間に加わりました。それは信仰の系譜なのです。あなたは神の家族の一員となり、神の永遠の計画と結びついています。ですから、王国の価値観を自ら実践している人々に対して、敬意を向けましょう。彼らの信仰から学び、彼らの模範に従ってください。

あなたに影響を与える対象を慎重に選び、神が重んじられるものを尊ぶ心を育んでください。神のご計画のために生きる人々と心を一つにすれば、彼らはあなたが真に重要なものを追い求め、永遠に意義ある人生を築いていけるよう、インスピレーションを与えてくれるでしょう。

聖書を通して、神は私たちに、これらの信仰に満ちた男女たちの感動的な生涯をまとめて示してくださったことを、神に感謝すべきです。神は物語のクライマックスに至り、その中にある者たちが救いを拒んだことについて語っておられます。彼らは、救いを受け入れるよりも、神の目的とビジョンのために、むしろ確実に死を迎えることを選んだのです。この世が提供しうるあらゆる偉大さを享受するよりも、聖書に登場する偉大な信仰の英雄たちの名簿に名を連ね、彼らと同一視されるほうが、はるかに素晴らしいことです。ヘブル 13章7節 「 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。」とあります。

祈り

愛する父よ、御言葉の中に私たちのために残してくださった信仰の模範に感謝いたします。私の心は御心に定まっており、主が大切になさることを重んじます。私は信仰と勇気と献身をもって歩み、栄光と義のうちに、私の人生に与えられた召しを全うします。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(ヘブル12:1-2)こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

(ヘブル11:32-35)これ以上、何を言いましょうか。もし、ギデオン、バラク、サムソン、エフタ、またダビデ、サムエル、預言者たちについても話すならば、時が足りないでしょう。33 彼らは、信仰によって、国々を征服し、正しいことを行ない、約束のものを得、ししの口をふさぎ、34 火の勢いを消し、剣の刃をのがれ、弱い者なのに強くされ、戦いの勇士となり、他国の陣営を陥れました。35 女たちは、死んだ者をよみがえらせていただきました。またほかの人たちは、さらにすぐれたよみがえりを得るために、釈放されることを願わないで拷問を受けました。

(ピリピ3:17)兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。


2026年10月8日(木)

時代におけるあなたの立場を知る

It Pays To Know Your Place In Time

「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」(エステル記4:14)

歴史を振り返ると、神が御目的を果たすために、並外れた方法で働かれる瞬間がいくつかありました。そのような時、最も重要な問いは、単に神が何をなさっているかということではなく、その瞬間のために、神によってその場に置かれた人々が、その中で自分の役割を認識しているかどうかということです。エステル記の時代にユダヤ人が絶滅の危機に瀕したとき、神はすでにエステルを王宮に配置しておられました。

一見、個人的な出世のように見えた出来事が、実際には、より大きな神聖な計画の一部でした。エステルは、自分の立場、影響力、そして与えられた機会が、自分一人にとどまらない、もっと大きな意味を持っていることに気づきました。神があなたの前に置いてくださった機会に気づかずに人生を過ごしてはいけません。人生で起こる出来事を平凡なこととして見たり、与えられた使命を単なる日常業務として捉えたりしてはいけません。

神は、一見平凡に見える状況を通して、非凡なことを成し遂げられることがよくあります。その違いは、神の展開しつつある計画におけるあなたの立場を認識できるかどうかにあります。だからこそ、霊的な識別力が非常に重要なのです。あなたは、神があなたに託してくださる機会、責任、そして使命の意義を認識することを学ばなければなりません。

主は、あなたを今の場所に偶然置かれたのではありません。神の王国へのあなたの貢献の価値を認識し、信仰と勤勉さをもってそれに応えてください。この時代におけるあなたの立場を自覚し、終わりの日に神が教会を通して行っておられる御業に、効果的に参加しましょう。

告白

私は霊的な識別力をもって歩み、福音の奉仕において私の役割を忠実かつ効果的に果たすために、神が私に与えてくださった機会、責任、そして使命を認識します。福音は私を通して宣べ伝えられ、全地において知られ、賛美されます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(エステル4:13-14)モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。14 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」

(エペソ5:15-17)そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、16 機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。17 ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。