2026年9月5日(土)
目標を目指して走れ
Run Towards The Mark
「 兄弟たちよ。私は、すでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」(ピリピ3:13-14)
使徒パウロの生涯を学ぶと、神の御旨を追求する姿勢に、紛れもない一心さと確固たる決意が感じられます。彼の集中力は揺るぎないものでした。彼は、相反する多くの方向を同時に追求しようとはしませんでした。彼の目は、キリスト・イエスにある神の尊い召しの「目標」、すなわち「報い」にしっかりと注がれていたのです。
これは、主イエスの心構えでもありました。へブル12章2節には、主イエスがご自身の前に置かれた喜びのために、十字架に耐え忍び、その恥を軽んじられたと記されています。主は、その「報い」に目を向けておられました。苦しみ、拒絶、屈辱、そして苦難の真っ只中にあっても、主は栄光に満ちた結実から目を離すことはありませんでした。主は苦痛を越えて見通し、神の永遠の計画の成就に視線を定めておられたのです。そして、主が集中し続けたからこそ、勝利を収められたのです。
主と共に歩む上で、あなたもそのような心構えを持たなければなりません。右にも左にもそれることを拒んでください。人生のあらゆる誘惑、世俗的な野心、プレッシャー、失望、あるいは一時的な追求といったものに気を取られ、キリストや、あなたの人生に対する主の召しから目をそらさないようにしてください。まっすぐ前を見据え続けてください。
多くの人は忙しく活動的ですが、間違った方向へ走っています。まるで、短距離走で素早く走っているものの、ゴールラインから遠ざかっていくアスリートのようなものです。スピードだけでは勝利は保証されません。ただ走るだけでは不十分で、目標に向かって走らなければなりません。神があなたの前に定めてくださった目的、ビジョン、そして召しを知らなければなりません。
あなたの職業や事業、人生における責任が何であれ、キリストこそがあなたの焦点であり続けなければなりません。キリストこそが、あなたの願望、決断、追求、そして目標の中心でなければなりません。あなたの心が主に定まるとき、人生のあらゆる側面も正しい方向へと整え、意味を見出すのです。
ですから、主と、主があなたに与えてくださった永遠の目的に、常に焦点を合わせ続けてください。決意と勇気、そして揺るぎない信仰をもって、目標に向かって突き進んでください。勝ち取るべき「報い」があります。イエスから目を離さず、御言葉に堅く立ち続けるなら、あなたは栄光と勝利のうちに、あなたの召しを全うすることでしょう。ハレルヤ!
祈り
愛する父よ、私の前に栄光に満ちた召しと天の目的を定めてくださり、ありがとうございます。私の目は主に向けられ、私の心は私の人生に対する主の完全な御心へとしっかりと定まっています。私は勇気と信仰、そして決意をもって目標に向かって突き進み、勝利のうちに私の召しを全うします。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。
参照聖書
(ヘブル 12:2)信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
(1コリント 9:24-27)競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。