2026年6月15日(月)
肉は十字架に付けられた
The Flesh Has Been Crucified
「 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。」(ガラテヤ5:24)
多くの人々の間には、肉は絶え間ない闘いや努力を通じて、絶えず「十字架につけられる」か、あるいは抑え込まれなければならないという誤解が広まっています。しかし、聖書は異なる実在を示しています。すなわち、クリスチャンはすでに肉を十字架につけたのです。
『完全版ユダヤ教聖書・The Complete Jewish Bible』は、冒頭の聖句を美しく訳しています。「さらに、メシア・イェシュアに属する者たちは、その情欲や欲望とともに、古い性質を十字架の上で死に渡したのです。」 これは進行中のプロセスではなく、すでに成し遂げられた実在です。あなたの古い性質は死んだのです。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(2コリント5:17)
多くの人が依然として肉との戦いに苦しんでいる理由は単純です。彼らは、すでに成し遂げられたことを自ら達成しようとし、理解すべきところで努力を注いでいるからです。努力すればするほど、彼らは克服しようとしているものそのものに支配されるようになります。それは正しい在り方ではありません。御言葉の中に生きましょう。御言葉があなたについて語っていることを受け入れましょう。
ガラテヤ5章19節から21節に列挙されている肉の行いでさえ、悪魔の仕業ではなく、肉そのものの仕業とされています。これは、問題が外的なものではなく、内的なものであることを示しています。しかし、このことがクリスチャンを不利な立場に置くわけではないことを理解してください。なぜなら、解決策は肉を抑圧することにあるのではなく、それを置き換えることにあるからです。「御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」(ガラテヤ5:16)
強調されるべきは、肉の行いを排除することではなく、御霊にあって、御霊によって生きること、すなわち、神の言葉の光と実在の中を歩むことです。あなたが御霊にあって歩むとき、御霊の命があなたの中に、そしてあなたを通して現れ、肉の思いは追い出されます。これにより、聖書の「罪はあなたがたを支配することがないからです。」(ローマ6:14)という言葉の意味を理解しやすくなります。
祈り
愛する父よ、私を死から命へ、罪から義へ、そして闇から光へと移してくださったキリストの身代わりの御業に感謝いたします。私は御霊に歩み、新しい性質の実在の中で生き、今日そしていつまでも、義と支配権の命を現します。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。
参照聖書
(ガラテヤ5:16, 24(NIV)16 ですから、私はこう言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことはありません。24 キリスト・イエスに属する者は、情欲や欲望を伴う肉を十字架につけてしまったのです。
(ローマ8:12-13) ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。