2026年9月29日(火)
聖霊は決してあなたを一人で残さない
He Never Leaves You
「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。」(ヨハネ14:16)
新約聖書において、私たちは主に「私たちと共にいてください」とお願いしたり、主が決して私たちから離れないようにと祈ったり断食したりすることはありません。主ご自身がそうおっしゃったからこそ、主が私たちと共におられ、私たちの中にいてくださることを私たちは知っているのです。キリスト教とは、キリストがあなたの中に、そして常にあなたと共におられるという生きた現実であり、それは「時々」や「霊的な気分になった時だけ」ではなく、常にそうであるのです。
多くの人は、自分の感情によって神の臨在を判断しようとします。「神様が私と共におられるような気がする」とか、「もう神様の臨在を感じない」などを言うのです。しかし、神の臨在を決めるのはあなたの感情ではなく、神の言葉なのです。主はこう言われました。「…わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)主イエスが弟子たちにこう言われたとき、彼らはまだ新生していませんでした。
今日、聖霊はあなたがたと共にいるだけでなく、あなたがそれを感じる時も感じない時も、常にあなたの中におられます。イエスは、「…その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられる(いるようになる)からです。」(ヨハネ14:17)とおっしゃいました。生まれ変わって、聖霊を受け入れた今、あなたは主と切り離せないほど一つとなり、一体となって主と結びついているのです。「しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。」(1コリント6:17)
したがって、御霊の臨在はあなたの感情によって維持されるものではなく、御霊の真理によって確立されているのです。このことを知らないゆえに、クリスチャンが罪を犯すと、神との交わりが断たれ、悔い改めるまで聖霊がその人から離れてしまうと教える人々がいるのです。しかし、考えてみてください。もし聖霊が本当にあなたから離れてしまったとしたら、どうやって再び戻ることができるでしょうか。誰があなたを導き、回復させてくれるのでしょうか。
クリスチャンが聖霊によって正され、神の言葉の光へと導き戻されるという事実そのものが、聖霊が決して去ったわけではないことを証明しています。これは、罪が許されるという意味ではありません。むしろ、聖霊が神の子たちを見捨てないということを意味しています。主イエスは、あなたが正しく「振る舞う」ときだけ、ご自身はあなたと共にいてくださるとは言われませんでした。それこそが、私たちが父なる神と持つ新約聖書的な関係における力と栄光なのです。
聖霊は、常にあなたと共にいてくださる助け手であり、教師であり、導き手であり、慰め主です。聖霊なしでは、真のクリスチャンとしての生活を送ることはできません。聖霊こそが、御言葉をあなたの霊の中で生き生きとさせ、あなたが義の道を歩むのを助けてくださるお方です。ですから、聖霊が常にあなたの中に、そしてあなたと共にいてくださるという自覚を育んでください。あなたは決して一人ではないという確信を持って、毎日歩んでください。神を賛美します!
祈り
愛する父よ、私の内に住み、永遠に私と共にいてくださる祝福された聖霊に感謝いたします。私は、聖霊が私の内に住まわれているという自覚を持って歩み、聖霊の導きに従い、私の心を覆う聖霊の知恵に身を委ねます。私は聖霊に導かれ、強められ、正され、力を与えられて、今日を勝利のうちに生き、あなたに栄光をもたらします。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。
参照聖書
(ヘブル 13:5)金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
(ヨハネ 14:17)その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。
(ローマ 8:14)神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。