2026年8月2日(日)クリス牧師

信仰から信仰へ

From Faith To Faith

なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。」(ローマ117

このことをご理解ください。あなたが召された人生とは、最初から最後まで、信仰による人生なのです。それは必要な時にだけ「スイッチを入れる」ようなものではなく、日々の歩みそのものです。あなたはその人生の中に生まれました。あなたが新しく生まれ変わり、神の義となったその瞬間から、信仰によって支えられ、表され、前進していく人生が始まったのです。これこそがあなたの本質なのです。

「信仰によって生きる」という意味を誤解している人もいます。それは、ただ座って何もしないで、物事が起こるのを待つことではありません。それは信仰ではありません。信仰は能動的なものです。信仰は行動を生み出します。信仰は御言葉に応答するものです。

聖書で「義人は信仰によって生きる」と述べているとき、それは義人が、目に見えたり、感じたり、聞いたりする感覚的な知覚に基づいてではなく、神の御言葉によって自分の人生を律することを意味しています。あなたは、あらゆることを御言葉の観点から見つめること、それこそが、信仰によって生きるということです。あなたの見方、選択、行動はすべて、御言葉によって導かれます。

信仰は、状況にかかわらず、神の真理に沿って行動するようあなたを駆り立てます。また、信仰は責任を排除するものではありません。御言葉は勤勉さと実りある働きを教えています。信仰はあなたを怠惰にするのではなく、実りある者にしてくれます。それが、ヤコブが信仰と行い、つまり、信仰に応じた行動について語った理由です。「それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは死んだものです。」(ヤコブ2:17)

あなたは義人であり、義人は信仰によって生きるのです。ですから、神の御言葉をさらに学び、それを実践することで、信仰を育み続けてください。クリスチャンの歩みは、信仰から信仰へ、恵みから恵みへ、そして栄光から栄光へと続くものです。ハレルヤ!

祈り

義であり、聖なる父よ、私を御父の義としてくださり、信仰の生涯を授けてくださったことに感謝いたします。私は御言葉の光の中を歩み、真理に基づいて決断し、行動いたします。私の信仰は実を結び、今日、あらゆる場所で、御父の栄光を現します。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(2コリント5:7) 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。

(へブル11:6) 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

(ヤコブ2:17 AMPC) それと同じように、信仰も、もし行ない(それを裏付ける従順な行いや行動)がなかったなら、それだけでは、(機能せず)死んだものです。


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