2026年4月6日(月)
不思議の中の不思議
The Wonder Of Wonders
「それでも、もし人の子がもといた所に上るのを見たら、どうなるのか。」(ヨハネ6:62)
イエスの実の兄弟たちは、イエスの地上での宣教期間中、復活後もずっとイエスを信じていなかったことをご存知でしょうか?しかし、彼らの目の前でイエスが昇天されたとき、すべてが変わりました。昇天は、イエスの神的な起源と正体を否定できない形で証明したのです。それは不思議の中の不思議でした。
ユダヤ人たちが「神の子」というイエスの主張に疑問を呈したとき、イエスはご自身の昇天こそが真にどのような方であるかを示す証拠になると告げられました。「それでも、もし人の子がもといた所に上るのを見たら、どうなるのか。」(ヨハネ6:62)昇天こそがご自身の神性を示す明白な証拠だと示されたのです。
復活後も、弟子たちの中には疑う者たちがいました。しかし昇天の日、彼らが目の前でイエスが突然浮き上がり、天に上げられるのを目撃したとき、もはや反論の余地はなかったのです。すべての口が塞がれました。なんと驚くべき瞬間でしょうか!十字架にかけられ、葬られた方、まさに彼らが死んだと思っていた方が、肉体をもって天に昇られたのです!
この時、イエスの兄弟たちもイエスがキリストであると信じたのです。彼らは家には戻らず、弟子たちと共に屋上の部屋へ赴き(おもむき)、聖霊を受けました。実の母マリアもその中に含まれていました。(使徒の働き1:9-14参照)
突然彼らは、共に食卓を囲み、同じ屋根の下で暮らしたお方が、神ご自身であったと悟りました。昇天はイエスの神性を確証し、イエスの再臨を保証するものです。これは不思議の中の不思議であり、今もなお私たちが深く尊ぶ福音と信仰の核心を成しています。
祈り
主よ、主はなんと栄光に満ちた方でしょう! 主への私の信仰は永遠です。主は死者の中でよみがえられ、栄光の天昇によって証明された、唯一のまことの神であるからです。私は主の威光を宣言し、主が王の王、主の主として永遠に統治しておられるという自覚をもって生きていきます。アーメン。
参照聖書
(使徒 1:9-11) こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」
(1テモテ 3:16) 確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」