2026年10月1日(木)

あなたは憐れみを受けた

You’ve Obtained Mercy

「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」(へブル4:16)

キリスト教では、神が私たちに憐れみを授けてくださるよう説得しようとはしません。また、神が私たちの祈りを聞いて応えてくださることを期待して、憐れみを求めて叫ぶこともありません。 私たちは、キリスト・イエスにおいてすでに憐れみを受けているのです。1ペテロ 2章10節には、次のように明確に記されています。「あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。」

この言葉にご注目してください。あなたが憐れみを求めている、あるいは憐れみを待っているとは言わず、あなたはすでに憐れみを受けている、と記されています。あなたが憐れみを求めるほど十分に理解する前から、神はイエス・キリストを通して、惜しみなくあなたに憐れみを注いでくださったのです。この理解は、あなたが神と関わる在り方を変えるはずです。あなたは、旧約聖書の時代の人々とは異なります。 

盲人のバルテマイは、「…ダビデの子のイエスさま、私をあわれんでください。」(マルコ10:47)と叫びました。しかし、キリストの死と埋葬、そして復活によって、あなたは神の豊かな憐れみの恵みを受け、その恵みにあずかる者となったのです。だからこそ、ヘブル4章16節では、大胆に恵みの御座に近づくよう教えています。「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」

そこには、物乞いをするように、あるいは神があなたに対してどのような思いを寄せておられるのか分からず、恐れおののきながら近づくようには書かれていません。むしろ、大胆に近づき、すでに備えられているものをしっかりと受け取り、神の恵みによってすでに与えられているすべてのものを受け取り、それを享受しなさい、と書かれているのです。

自分に「ふさわしくない」という気持ちや不安を抱いて神のもとへ近づくことを拒んでください。神はすでに、キリストにおいて、あなたが天のあらゆる祝福の相続分を受けるにふさわしい者とされておられます。「また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を私たちに与えてくださった父なる神に、喜びをもって感謝をささげることができますように。」(コロサイ1:12)

神はあなたに愛と恵みを惜しみなく注いでくださっただけでなく(1ヨハネ3:1、ローマ5:17)、あなたに憐れみを示してくださり、その憐れみは永遠に続きます。ですから、頭を上げて、胸を張り、肩をまっすぐに整えて、堂々と歩みましょう!あなたが父なる神に愛された子であり、神の喜びであることを心に留め、あらゆる状況を打ち勝ちましょう。神に栄光をささげます!

祈り

愛する父よ、キリスト・イエスにおいて私に惜しみなく注がれた豊かな憐れみに感謝いたします。私は、主の愛と恵み、そして臨在を深く自覚して生きています。主の恵みが、私の中で、そして私を通して絶えず働いていることを知っています。今日、私はこの勝利と確信、そして安心感を持って歩みます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書

(1ペテロ 2:9-10)しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。10 あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

(へブル 4:14-16)さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

(エペソ 2:4-5)しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。――


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