Prevailing In The Evil Day
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです」(Ⅰペテロ5:7-9 )
エペソ人への手紙6章13節は、次のように語っています。「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい」 ここで、この邪悪な日とは、大きな混乱が起きて、あなたを襲う時のことです。例えば、医師があなたの体のトラブルを突然宣告するときです! 邪悪な日とは、突然試練が起こるときを指します!すなわち、危機の日の比喩的な表現です。
クリスチャンとして、邪悪な日に動揺しないためには、平穏の時から神の御言葉を学び、その御言葉をあなたの中に備えておくことが必要です。なぜなら、邪悪な日には、あなたの中にある御言葉だけが、あなたをつまずかせず成功させるからです。 コロサイ3:16は述べています。「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい」
ある人々は、トラブルが起きるまで何もせず、問題が大きくなってから祈り、信仰を発揮するために努めます。これではいけません。信仰と切迫感は異なるものです。 ある人は切迫のあまり、パニックに陥り、戸惑います。 このような人は機会があるとき、信仰を成長させなかったので、邪悪な日にパニックになります。信仰とは、神の御言葉に対する人間の霊の反応です。それは心でなく、霊からの反応です。そのため、あなたはあなたの霊に神のことばを浸透させる必要があります。
神は私たちが常に勝利することを望んでいます。神は私たちを勝利者として造られました。神は私たちに状況を支配する統治権をお与えました。深刻な状況に会うとき、恐怖に圧倒されずに、信仰を使ってください。キリストにあるあなたの権勢を行使してください。私たちには使える武器があります。それは、イエスの名前の権勢です。あなたは、悪魔を退くためにその名を使うことができます。その名前を使って、仕事、財政、健康、家族など、人生についてのすべてを改善することができます! あなたは、神の御言葉を行うことで、毎日勝つことができるのです。
祈り
愛する天の御父よ、私の人生で結果を生み出す御言葉の力に感謝します。父の御言葉が不可能なことを行う能力を私にくださったので、私はすべての事に勝利します。ハレルヤ!
参照聖書
ヨシュア1:8
エペソ6:10-17