2022年9月20日(火)
讃美は最高の礼拝
Praise Is The Highest Worship

「私はあなたの聖なる宮に向かってひれ伏し、あなたの恵みとまことをあなたの御名に感謝します。あなたは、ご自分のすべての御名のゆえに、あなたのみことばを高く上げられたからです。」 (詩編138:2)

よく賛美と礼拝を区別したがる人がいますが、それは賛美と礼拝が大きな違いがあると考えるからです。しかし、そうではありません。賛美は礼拝なのです。賛美は神を礼拝するときの一つです。実は、賛美は礼拝の最高の礼拝なのです。両者の違いを簡単に言うと、礼拝には主のためにする他のことも含まれるということです。例えば、あなたが神に仕えることも、礼拝の行いです。

賛美を礼拝の最高の部分であることを明確に理解すれば、それが神との関係においていかに重要であるかが分かるでしょう。聖書には「あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい」(第一ペテロ2:5)と書かれています。

教会は神聖のいけにえを神にささげる聖なる祭司の役割を担っていて、供え物にはあらゆる種類があります。例えば、あなたが神のためにあなたにとって価値あるものを放棄したり、宣教活動のために自分の時間をささげ奉仕したりすることがそうです。しかし、最高の供え物は賛美のいけにえです。

聖書には「ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか」(ヘブル13:15)あります。ここにあるように、私たちは時々ではなく、絶えず神に賛美のいけにえをささげなければならないのです。このことは、賛美がいかに重要であるかを示しています。パウロはこれを「御名をたたえるくちびるの果実」と表現しています。

ダビデも詩編69章30-31節で同じように触れています。ダビデは「 私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。それは雄牛、角と割れたひずめのある若い雄牛にまさって主に喜ばれるでしょう」と言いました。わかりましたか。ダビデは「私は感謝をもって主をほめたたえます」と言いました。

次の節では、神への賛美の行いが、大きな証であると私たちに知らせています。「へりくだる者はこれを見て、喜び… 」今、主に感謝をささげましょう。心から惜しみなく主を賛美しましょう。感謝したいことを思い浮かべ、溢れほど主を賛美するのです。

祈り
愛する父よ、私の人生における主の栄光ある臨在に感謝します。主はすべてのことが私の益となるように定められました。私の心は絶えず感謝と賛美であふれています。これがキリスト・イエスにおける私への父の御心であるからです。 私はどんな状況と環境でも、私の人生は勝利していきます。そして、勝利を与えられた主をほめたたえます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(詩編30:12)私のたましいがあなたをほめ歌い、黙っていることがないために。私の神、主よ。私はとこしえまでも、あなたに感謝します。

(詩編106:1)ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。

(詩編147:7)感謝をもって主に歌え。立琴でわれらの神にほめ歌を歌え。