HUMILITY AND GREATNESS

「しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」(ヤコブ4:6)

イエスは教えの中で、謙遜さを示してくださいました。イエスはバプテスマを受けることについて、たとえ神の子であったとしても、ご自身をバプテスマのヨハネよりも優れているとは考えませんでした。むしろ、聖書が成就することを許しました(マタイ3:13-15 を読んでください)。それは、本当に偉大な人は謙虚であり、ただ一つ、神の御言葉を成就することに動機付けられているからです。その人々は、神の御心に従い仕えるに促されています。

イエスは弟子たちに、「あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。」と言われました(マタイ20:26)。イエスはそれを言葉だけでなく、弟子たちの足を洗う行動で見せてくださいました。「あなたがたはわたしを先生とも主とも呼んでいます。あなたがたがそう言うのはよい。わたしはそのような者だからです。それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。まことに、まことに、あなたがたに告げます。しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさるものではありません。あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行なうときに、あなたがたは祝福されるのです。」(ヨハネ13:13-17)

ピリピ2章で、私たちはイエスの比類なき謙遜について再び確認します。イエスは神でしたが、私たちのために謙虚となり、罪人として死なれました。しかし、イエスの謙遜さの結果を見てください。「…それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。」(ピリピ2:6-11)。ハレルヤ!

ピリピ2:5はこう述べています。「あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」つまり、主の謙遜に従って行いなさいということです。それが、偉大さへの道です。近道はありません。高慢は破滅に先立ち、謙虚は人を前進させます。

祈り
愛する天の父よ、御言葉の啓示を与えてくださり感謝します。私は御言葉の産物です。私は昇進と前進のみ偉大さへ導くあなたの恵みを意識して、謙虚さと愛の中を歩みます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(箴言18:12) 人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。

(マタイ18:4) だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。

(エペソ5:1 ) ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。