ALWAYS REMEMBER HOW YOU LOOK

「ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。」(ヤコブ1:25)

神の御言葉は、まさに神の鏡です。聖書は、御言葉を聞いてそれに応じて行動しない者は、鏡の中で自分自身を見ても、向きを変えると、自分の姿を忘れる人のようだ(ヤコブ1:23-24)と言っています。これは、神はあなたが御言葉に基づいて自分が誰であるかを常に心に留めておくことを期待しておられること意味します。神があなたに願われることは、神の御言葉があなたの姿を「神の栄光」として見ている事を心に留めることです。

あなたは神の栄光です!あなたは「いいえ、そうではありません」と言うかもしれませんが、2コリント3:18ではそれを説明しています。2コリント3:18は、私たちが鏡で、神の栄光を覗くと、変えられていく(metamorphosed)と言っています。これは何を意味するのでしょうか?鏡とは、その前に置かれているものを反映することがわかります。御言葉の中で、特にエペソを研究すると、あなたが見ている反射体は神の栄光です。それが本当のあなたです。これは、主があなたに忘れないように求めていることです。

神の鏡である御言葉が明らかにすることは、あなたがキリスト・イエスにあって、神の義であり、アブラハムの子孫であり、神の相続人で、キリストとの共同相続人であることです!これらのものは、あなたの存在について反映してくれる、必ず忘れてはいけない実在のものです。

あなたは神の義のひな型であり、生きておられる幕屋であり、神の知恵、愛、恵みの現れです。そのようにあなた自身を見て、それに沿って話し行動してください。そうすれば、あなたは人生でいつもキリストの実在とその栄光を経験するでしょう。

祈り
祝福なる御父よ、私の人生における御父の栄光と義に感謝します!私は巨大な歩みで進歩しています。私は優秀で、栄光に満ちています。私がするすべての働きを繁栄するように、父の言葉は私の中で強く働いております。イエスの御名でお祈りします。アーメン。

参照聖書
(ヤコブ1:23-24) みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。24 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。

(2コリント3:18) 私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。