Ministering Through The Spirit

「ペテロがなおもこれらのことばを話し続けているとき、みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊がお下りになった。」(使徒10:44)

ルカは、使徒10章で、ローマの百人隊長 コルネリオの家での出来事について美しい物語を伝えています。コルネリオは敬虔な人でしたが救われていませんでした。神の御使いがコルネリオに現れ、コルネリオとその家族全員の救いのために、御言葉を伝えるペテロに使いを送るよう指示しました。(使徒11:13-14)

ペテロがコルネリオの家で福音を宣べ伝えている時、特別なことが起こりました。「… みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊がお下りになった。」(使徒10:44)

ここで、「お下りになった」という言葉に注目してください。ギリシャ語の「エピピプト(epipiptō)」から翻訳された言葉で、「雨のように降り注ぐ」ということを意味します。また、「包み込む」という意味でもあります。ペテロが救いの恵み深い御言葉を語ったとき、聖霊はコルネリオの家族全員を抱みこみました。そして彼らすべては新しく造られ、御霊で満たされました。ハレルヤ!

これは、私たちが御霊を通してミニストリーをするときに起こることです。私たちの話を聞いている人々は、御父の愛に満たされます!彼らは聖霊に抱かれ込み、彼らの心から救いに対する確信を持つようになります。私たちの言葉は単なる言葉ではないからです。キリストについての私たちの証と、救い対する証は、ペテロによる働きと同様です。私たちの心の奥底から生ける水の川が流れています(ヨハネ7:38)。そのため、あなたが語る言葉は、人の知恵から出る言葉ではなく、霊と力による説得力ある言葉です。

イエスのもとに集まっている多くの人々は、聖霊の働きを経験しました。ルカ5:17は語っています。「ある日のこと、イエスが教えておられると、パリサイ人と律法の教師たちも、そこにすわっていた。彼らは、ガリラヤとユダヤとのすべての村々や、エルサレムから来ていた。イエスは、主の御力をもって、病気を直しておられた。」 イエスが言われるとき、そこには特別な何かがありました。イエスの言葉には神聖な力で満ちあふれていました。神に栄光がありますように!

救い、助け、贖い、祝福する神の力は、福音にあり、あなたはこの福音を神の霊の力で宣べ伝えて、疎通する必要があります。そのため、あなたは、エペソ5:18-20で、パウロが戒めした同じ霊にいつも満たされなければなりません。

あなたの言葉を通して、聖霊に満ちた神聖な栄光と臨在が伝わります。聴く人の心にすぐに信仰と深い確信が奮い立たせて、救いに導き、そして限りない祝福があります。ハレルヤ!

祈り
愛する御父よ、私の言葉に神聖な力が染み込むようにして感謝します。私が話すとき、人生は変えられ、罪人の心に確信をもたらし、多くの人の人生における御父の計画と目的を確立させます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書:
(エペソ4:29) 悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。

(1コリント2:4) そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。
   
(使徒1:8) しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」