3月11日(土)
義の中から生まれた
Born In Righteousness

「わたし、主は、義をもってあなたを召し、あなたの手を握り、あなたを見守り、あなたを民の契約とし、国々の光とする。」(イザヤ42:6)

イスラエルの子たちが千年王国で享受する祝福を、私たちはすでに持っており、またその中で生活しているということは、輝かしいことではないでしょうか。例えば、義の賜物について考えてみましょう。私たちはすでに義の中から生まれましたが、イスラエルの子らは千年王国が来てから義を享受し始めるでしょう。

エレミヤ23章5節には「見よ。その日が来る。――主の御告げ――その日、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行なう」とあります。これは、千年王国時代のことなのです。6節には「その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は、『主は私たちの正義』と呼ばれよう」とあります。

千年王国では、主が彼ら(ユダヤ人)の義となるのです。彼らは自分の義によるのではなく、また自分の義を信頼するのではなく、十字架に釘付けにされた方の義によって、千年王国を入るでしょう。しかし、教会である私たちは、すでにキリスト・イエスにあって神の義を持ち、その義として生きているのです。

義と認められることについても同じです。イザヤ45章25節に、千年王国について書かれています。「イスラエルの子孫はみな、主によって義とされ、誇る」。彼らは千年王国において義と認められるようになるのです。一方、私たちは二千年間、義とされて生きてきたのです。

ローマ5章1節では、私たちは義と認められたと書いてあります。つまり、義と宣言され、無罪とされたことです。使徒13章39節は、モーセの律法によって解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方(イエス・キリスト)によって、義とされたと言っています。私たちは、千年王国においてユダヤ人に約束されたものを、今、手に入れ、享受しているのです。ハレルヤ!

告白
私は、父なる神の栄光のため、義の実と業を結ぶように義の中で生まれました。私は、イエス・キリストの死によって私に遺された義の賜物を喜びます。それゆえ、私は義によって統治します。私は状況やこの世の要素を支配して歩みます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(ローマ3:21-22)しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

(ローマ5:1)ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。