11月18日(金)
終わりの日
The Last Days
「まず第一に、次のことを知っておきなさい。終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。『キリストの来臨の約束はどこにあるのか。先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。』」(第二ペテロ3:3-4)
「終わりの日」という言葉を聞いて、嘲笑する人がいるのはよくあることです。彼らは終わりの日について「もうずいぶん前に聞いたから」という理由で、その確かさを疑っているのです。聖書が言う「終わりの日」を理解するには、まず、この言葉がいくつかの預言から語られていることを認識する必要があります。第二に、預言者や著者が誰に対してこの言葉を使ったかを知る必要があります。
例えば、ユダヤ人に向かって、使徒ペテロがこの言葉を使ったときは、非常に正確でした。ペテロは教会の終わりの日ではなく、イスラエルの終わりの日に対して語ったからです。ユダヤ人たちは終わりの日にいましたが、その時がどれほど近いであるかに気づきませんでした。しかし、これに疑問を持つ人はこう言うかもしれません。「ペテロは約二千年前にこれらのことを言ったのです。では、ユダヤ人たちは、彼らの終わりの日がどのぐらい近かったのでしょうか。」
彼らの暦の終わりは間近に迫っていました。ダニエルの預言書によると、イスラエルにとって70週の年月が、定められ、メシアの千年王国の統治が確立されたと書かれています。メシアが69週目に断たれるまで、神は彼らと共に暦を動かされていたのです。
69週目と70週目の間に、教会時代がやってきました。ですから、当時はすでに69週目に入っていたのでペテロがイスラエルの子孫たちに、既に終わりの日であると告げたのは正しかったのです。
今日、イスラエルの終わり日だけでなく、教会時代も終わりの日を迎えています。私たちは、時代の戦いの中で最も激しいと言われている時代の中にいます。しかし、私たちはこの時代のために訓練され、整えて、暗やみの力に対する大攻撃を行っています。私たちは、主の再臨のためにすべての国の人々を準備させ、必ずこの偉大な働きの一部となって、キリストに魂を勝ち取らせるのです。
ルカ12章39-46節には「『このことを知っておきなさい。もしも家の主人が、どろぼうの来る時間を知っていたなら、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。あなたがたも用心していなさい。人の子は、思いがけない時に来るのですから』そこで、ペテロが言った。『主よ。このたとえは私たちのために話してくださるのですか。それともみなのためなのですか』。 主は言われた。『では、主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食べ物を与える忠実な思慮深い管理人とは、いったいだれでしょう。主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。わたしは真実をあなたがたに告げます。主人は彼に自分の全財産を任せるようになります。ところが、もし、そのしもべが、主人の帰りはまだだ、と心の中で思い、下男や下女を打ちたたき、食べたり飲んだり、酒に酔ったりし始めると、しもべの主人は、思いがけない日の思わぬ時間に帰って来ます。そして、彼をきびしく罰して、不忠実な者どもと同じめに合わせるに違いありません』」とあるのです。
祈り
愛する父よ、この終わりの日に、私の世界に福音を伝える主の器として、私を選んでくださったことに感謝します。主は人々を束縛から解放し、神の子としての栄光ある自由を与えるために私に油を注いでくださいました。尊い聖霊は、人々の心に主の御国と義を確立するために、偉大な功績を成し遂げるよう私を導いています。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。
参照聖書
(第一ヨハネ2:18)小さい者たちよ。今は終わりの時です。あなたがたが反キリストの来ることを聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現われています。それによって、今が終わりの時であることがわかります。
(エペソ5:15-16)そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。
(ピリピ4:5)あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。