粘り強く祈ってください
Persisting In Prayer
「…義人の祈りは働くと、大きな力があります。」(ヤコブ5:16)
今日の聖書箇所の詳訳版は、粘り強い祈りがとても重要だと教えています。「正しい人の真剣な[心からの、絶えない]祈りには非常な力が与えられるのです[力強い働きをします]」(ヤコブ5:16)。「絶えない」という言葉は、粘り強さが必要であることを明確に示しています。少し祈っただけで、問題は「解決した」と言うわけではありません。あなたは霊の中に勝利の確信が見えるまで祈り続けないといけません。
主イエスから学んでみましょう。ある時、イエスは祈るために、ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子を連れて、ゲッセマネと呼ばれる場所に行かれました。マタイ26:39にはこう述べられています。「それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。『わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。』」
ルカは御霊によって、「イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。 」(ルカ22:44)と言い表しています。イエスは悲しみに取り乱し、全力で祈られたのです。これは、ただの2分間の祈りではありませんでした!イエスは、一時間も自分と一緒に目覚まして祈ることができなかった弟子たちの弱さを懲らしめられたことを思い出してください。(マタイ26:40)
主は危機に瀕していることを理解していたので、粘り強く祈っておられました。主が祈っておられたのは、ご自身を超えたものであり、過去、現在、未来の世代のための祈りでした。主は、過去の人たち、また当時生きていた人たち、そしてそれから生まれてくる人たちのために、永遠を見ておられたのです。ですから、主はただひたすら祈り続けられたのです。
これが、今日の私たちに求められていることです。これまで以上に、私たちの祈りの重要性が増してきました。人々の魂のために戦いが必要です。私たちは彼らの救いのために必死で祈らないといけません。私たちは、教会の携挙の前に、失われた魂がすべて勝ち取られ、御国に入れられるように祈り続け、執り成していかなければなりません。
祈り
愛する父なる神様、聖霊を通して、私が強くて優勢な祈りの生活を送ることができるように助けてくださってありがとうございます。今も私は多くの魂が御国に入れられるよう祈ります。あなたの栄光が今日、地上を覆い、改心していない人々の魂があなたの福音の光によって影響を受けますように。そして彼らを暗闇から光へ、神の子の栄光ある自由へと入れられますよう、イエスの御名によってお祈りします。アーメン。
参照聖書
(1テモテ 2:8) ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。
(ルカ 18:1-5) いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。3 その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください。』と言っていた。4 彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに『私は神を恐れず人を人とも思わないが、5 どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない。』と言った。」