2024年1月17日(水)
私たちは成長するが老いない
Grow But We Don’t Age

「そして、もしイエスを死人の間から浮かされた方の御霊があなたがたのうちに宿っておられるのならば、キリスト・イエスを死人の間から生き返らせた方は、あなた方の死ぬべき[命の短い、滅びる]からだをも、あなたがたのうちに宿られる彼の御霊によって、いのちに返してくださるのです。」(ローマ8:11 AMPC)

人間の身体は、衰え始める前の数年間だけ、活動的で活気に満ちているものだと信じている人たちがいます。そこで彼らは、「身体はどこまでもつのか?」と尋ねます。聖書は、体はとても長い間健康で生きられると示しています。アダムは死ぬまで930年生きました。アダムが死んだのは、肉体が耐えられなくなったからではなく、罪のゆえに死にました。

神はアダムに、「しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」(創世記2:17)と言われました。アダムはそれを食べて死にました。他の多くの人々は数百年生き、幾人はアダムよりも長く生きました。この世の罪が重くなり、神は言われました。「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう。」(創世記6:3)

神は120年以下とは言われていないことに注目してください。しかし、詩篇90篇を引用して、神は人間の寿命を120年から70年に縮められたと言う人もいます。しかし、それは正しくありません。その詩篇はダビデが書いたものではなく、モーセが書いた嘆きでした「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。」(詩篇90:10)

モーセは神からの言葉を述べたのではなく、イスラエルの子らが若くして亡くなっていくのを見て、嘆いたのです。考えてみましょう。モーセ自身はどのくらい生きたのでしょうか?「モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。」(申命記34:7)

もしモーセがこのような驚くべき証を持っていたなら、あなたにはもっと素晴らしいものがあります。キリストにあって、あなたは無老へと導かれたのです。新しく生まれたとき、あなたはイエスと同じ永遠の命を受けました。永遠の命とは、無老の命です。その命を受け取ったとき、あなたは神の永遠の領域、年齢のない領域に引き入れられたのです。キリストにあって、私たちは老いることなく成長し、限りなく、朽ちることなく、不滅の命を持っているのです。

祈り
愛する父よ、私はもはや老いたり、衰えたりの限界に縛られないことを感謝します。私は死から命へ、老いから無老へと移りました。私の体は聖霊の神殿です。私は聖霊によって今も昔も強められ、生かされ、活力を与えられています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

参照聖書
(ヨハネ11:25-26)イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

(ローマ8:10ー11)もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。