Committed To The Spread Of The Gospel

「というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわいだ。もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。」(コリント人への手紙 第一 9章16-17節)

私たちには、地の果てまで福音を届ける、聖なる使命があります。イエスは言われました。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ 16:15) したがって、私は福音におけるどんな迫害を受けるとしても、それは耐えるに値する確かな価値があるというのを、悟らなければなりません。

Ⅱテモテ 3:12では、「確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。」と記されています。主イエスの福音を宣べ伝える時、どんな迫害にも関係なく、あなたは固く揺るがないようにしましょう。神があなたのゆえに制限を受けられないように努めましょう、どんなに遠くても、福音を伝える範囲を制限しないでください。

エレミヤのように、状況や、迫害、試みと試練に妨げられずに、神のみことばを伝え続けましょう、なぜなら神のみことばは骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになるからです。(エレミヤ 20:9)

イエス・キリストの福音は、今の世のために唯一の希望です。イエス・キリストの福音には、全人類の苦境に対する答えがあります。ですから、福音が世界の全ての国々に届ける事に、あなたの全ての時間と資産をささげましょう。その働きをあなたの個人的な責任と夢とみなされましょう。他の人が出来なかった働きを代わりにしましょう。使徒パウロは、これを悟った上で、福音のために払うどんな犠牲も大きすぎると思いませんでした、「…もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわいだ」(Ⅰコリント 9:16) これが、福音に対するあなたの考え方となるべきです、福音は、あなたに全く献身する価値があります。

告白
私は世界宣教に対して今まで以上に献身します。福音はイエスを信じる全ての人を救う神の力であるのを確信するからです。私は福音宣教の働きを担い、世界に福音を広げるための働きに全く献身し、多くの人に義へと導いて行く神の計画を全うします、主イエス・キリストの御名の中で祈ります、アーメン。

参考聖書
コリント人への手紙第一 9章16−18節  というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。 もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。

ローマ人への手紙 1章14−16節  私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。