Stand Up For The Gospel

また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。(Ⅱコリント 5:15)

キリストの見代わりの犠牲を振り返ることにクリスマスよりも良い時はありません。全てのお祝いと楽しむパーティーの騒ぎ中でも、主の誕生と生き方、死、復活の目的について考える時間を持ってください。主は私たちに驚くべき栄光と義の人生をくださいました。たとえこれが容易でなくても、私たちは単にその人生を楽しみ、私たち自身のため営むだけでなく、その人生の中へと他の人々を連れて来ることができます。あなたはイエス・キリストの福音のため危険を甘受しなくてはなりません。

使徒パウロは福音に対する彼の確固たる信念によって、他の使徒達よりも多く迫害を受けました。彼がエルサレムを訪問した時、他の使徒たちは彼に注意を与えながら非常に多くのユダヤ人が信じる者となったのか、そして彼らみながどれほど律法に献身されていたのかを彼に言いました。パウロはキリストがすでにキリストの死と葬りと復活を通して、律法を廃されたにも関わらず、彼らがなぜ律法に熱心を出すのか疑問に思いました。(エペソ2:15) 他の使徒はユダヤ人を激高させることを願いませんでした。だから彼らはパウロに律法に従って行動するように忠告しました。

しかし、誰かがパウロを見つけ彼に叫びながら言いました。“こう叫んだ。「イスラエルの人々、手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至る所ですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」”(使徒21:28) 群衆はパウロを捕まえ、彼のメッセージの故に彼を殺そうとしました。しかし兵士たちの介入のため中断されました。(使徒21:18-32 御言葉全体を参照して読んでください。)

あなたがキリストを伝えることのために迫害を受けても大胆でください。私たちが福音を伝えることにおいて戦略を立てて全ての人に訴えるとしても、決してキリストの中にある私たちの確信を失ったり、公に真の福音を伝えるほどに大胆さになれない状態になってはなりません。

祈り
愛する父よ、私をキリストの福音の預った者として大胆に福音を全ての場所で、いつも宣言するようにしてくださった特権によって感謝します。反対勢力にも関わらずそうすることによって、サタンに縛られていた者たちが、神様の子どもたちの栄えある自由へと解放されます。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

参考聖句
Ⅰコリント 9:16、 使徒 20:19-20

1年聖書通読
Ⅰヨハネ 3:11-24、エゼキエル 47-48

2年聖書通読
黙示録 6:1-10、 ヨエル 2