Do What He Says

“わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです。”(ヨハネの福音書 17章9節)

 本文聖書箇所は、イエスが、地上での働きが終わる頃、弟子たちの為に祈った部分を記録した所です。イエスは言われました。「わたしは、世の為に祈ったのではない」何故、イエスはこの世の為に祈らなかったのでしょうか。主は、そうする必要がないことを知っておられました。イエスは御父が望んでおられることをご存知でおり、この世の為に祈るよりも、ただそのまま実行しようとしていたからです。

 これがまさに、私たちが従うべき模範です。ある物事に関して、父の御心を既に知っているなら、それに対して祈りをしてはいけません。例えば、へブル人への手紙10章25節に、こう述べています。「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。」これは、神の子ども達が教会の集会を拒んではいけないことを、神は指示しています。この指示を知っているのであれば、神に、「主よ、私が教会へ行くように導いてください。」という祈りは、あなたのなまけを示すことだけなのです。その様な祈りは完璧に的外れことです。神は、もうあなたに集会を真剣に参加するように、言っておられたからです!

 魂を救う働きにも同じく言えます。キリスト者が、「御父よ、私が、魂を勝ち取らせて、御父の国へ連れ戻すことができますように。」と、祈るのは意味がありません。神があなたに指示したとおりにしましょう。すでに神は言われました。「全世界に出て行き、全ての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。(マルコ16:15)」これが、あなたに対する神の指示です。そして神があなたに指示を下さる時、それを行なう為の能力も共に与えられます。あなたは単に神が指示とおりに行なうべきです。

 イエスは、この世に対する御父の御心を知っていました。世が必要としていたのは犠牲でした。世が必要としているのは救いでした。ですからイエスは、世の為に祈る必要がありませんでした。イエスはただ弟子たちの為に祈りをしただけです。弟子たちの為に祈ったすぐ後、イエスは捕らわれてこの世の為、死なれるために十字架の道を進まれました。神に栄光をお返します!あなたが神から受けたどんな指示でも、躊躇(ちゅうちょ)してはいけません。あなたはそれを行なう事ができ、また、実を結ぶように備えられているからです。

祈り
愛する御父よ、私の道を照らし、私が進むべき方向を導いて下さる御父の御言葉に感謝します。聖霊様は私の中に住み、内側から私を導き指示してくださいます。聖霊様は私を義の道に導き、私が正しい事を行なって、私の人生の為の神の御心を成就する為、推進してくださいます。イエスの御名の中で祈ります。アーメン。

参考聖書
ピリピ人への手紙 2:13  神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。

ヘブル人への手紙 13:20-21  永遠の契約の血による羊の大牧者、私たちの主イエスを死者の中から導き出された平和の神が、21 イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行ない、あなたがたがみこころを行なうことができるために、すべての良いことについて、あなたがたを完全な者としてくださいますように。どうか、キリストに栄光が世々限りなくありますように。アーメン。