2023年12月11日(月)
神性の奥義
The Mystery Of The Godhead
「経験に関する隠された真理 [奥義」は確かに偉大〈大切、重大〉です。すなわち、この方[神]は人間の肉体で現れ、霊によって義とされ、 [正しいことが立証され] 御使いたちに見られ、諸国民の中で宣べ伝えられ、世界の中で信ぜられ、栄光の内に上げられた。」(1テモテ3:16AMPC)
聖書を正しく理解していないために、イエスの神性について混乱している人々がいます。しかし、聖書はそのことについて明確です。私たちが今読んでいる冒頭聖句でさえ、神と呼ばれているのがイエスであることを疑う余地はありません。
「もしイエスが神であるなら、エペソ1章19-20節にあるように、どうしてイエスは天の御座でご自身を神の右の座に着かせることができるのだろうか?」と質問する人もいます。まず、神がさまざまな方法で、神ご自身を現すことができるという神の特別な性質を理解する必要があります。それがまさに神の性質の奥儀なのです。
聖書は、父、子、聖霊という三つの人格において神聖の性質について教えています。一つの神ですが、三つの人格において顕現しています。私たちは決して、天にある三つの神々や、御座には父が、一方の座には子が、そして 三つ目の座には聖霊が座るのを見ることはありません! キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。(コロサイ2:9)
コロサイ1章19節には、「なぜなら、神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、」とあります。イエスのバプテスマで、イエスが水から上がると、天が開き、聖霊がイエスの上に降ったことを思い出してください。同時に、天から声がして、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」と言いました。(マタイ3:16-17)
なんという三位一体の驚くべき現れでしょうか。 御子は水の洗礼を受け、すぐに聖霊に満たされ、御父は天から語られるのです! 御使いたちが肉を持った全能の神を初めて見たのは、イエスがベツレヘムで生まれたときでした。聖書には、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(ヨハネ1:14)とあります。神は肉となって私たちの間に住まわれ、しかもその臨在と声は天から語られたのです。驚くべきことです!
告白
私は主イエスを礼拝します。主イエスのうちに、神の完全性、力、神性の性質のすべてが宿っているからです。主よ、主は神性の完全な体現であり、目に見えない神の外なる表現、姿です。主は永遠の王であり、恵み深く、愛に溢れ、親切です!私は心から主を愛します!主の御名が永遠に祝福されますように!
参照聖書
(1ヨハネ5:7)というのも、天においての証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら3者は1つであり、(TR訳)
(コロサイ2:9)キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。
(コロサイ1:19)なぜなら、神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、