Use God’s Mirror

「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。」(ヤコブの手紙 1:23-25)

旧約聖書でのイスラエルの民は、律法に従うように召されていました。 クリスチャンである私たちは、御言葉に従うのではなく、御言葉を行うように神から召された者です、私たちは御言葉を実践するのです。それを「鏡の原則mirror principle」と呼びます。神の御言葉は鏡です、そして、御言葉を聞いて行わない人は、(主は御言葉に「従わない」人だと言われていない事に注目しましょう)誰でも鏡の中で自分を眺めてから立ち去ると、すぐに自分が誰なのか忘れてしまう人のようです。その言葉は、つまり御言葉を実践する人は、鏡に写っている自分自身を見て、自分のアイデンティティを憶えている人だという意味します。

神の御言葉は、「あなたは、キリスト・イエスにあって神の義である」と言っています。それゆえにあなたの応えは、こうするべきです、「そうです、それが私なのです!私は、キリスト・イエスにあって神の義であります。」 あなたは、このような方式で、神の鏡を通して、あなたの存在を示すことです、あなたが神の鏡から立ち去る時も、あなたが見たあなたの絵を心に保って、御言葉の教えとおりに言い続けましょう。そうすると、あなたは、イエス・キリストにあって神の義として生きるというのは、必然的な結果でしょう。

まったく同じ原理が、あなたの健康にもあってはまります、医者はあなたの体の検診した上で、ある腫瘍を発見し、ガンと診断されるかもしれません。医師は、間違った光をつけたのです、彼は間違った鏡を使っているので、彼は間違って反射を見ています。 御言葉は神の鏡です、そして、それは本当の光でもあります。 神の御言葉、つまり神の鏡は、あなたが誰であり、何を持っていて、又キリストにあって何をすべきかについて、真理をあきらかにします。

したがって、あなたの体や状況を診断するために間違った光を使うのを拒否してください。神の鏡である御言葉を使いましょう。神の鏡は、あなたがキリストにあって完全であり、神の栄光である事実を示しています。 神の鏡は、あなたがキリストにあって全ての事が出来るし、あなたを攻めるために作られる武器は、どれも役に立たなくなる事を示します。神の鏡は、あなたが永遠に勝利して、決して不利をこうむる事がありえないと示します。

ただ、神の御言葉だけによるあなたの人生と、状況を診断しましょう。 神の鏡があなたを示すために、反射として見ていたあなたの姿だけを受け入れてください。

祈り
愛する父よ、私は神の御言葉の真理にあって生きます、それゆえ、永遠なる栄光、成功、勝利、繁栄の旅へと私自身を設定します。 父の御言葉は、私のうちで御言葉が言った通りの実を結び、私の人生の状況が、私に向かう父のみこころと目的と運命と一致するようにします。 イエスの御名の中で祈ります。アーメン。

参考聖書
ローマ人への手紙 12章2節  この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

ヤコブの手紙 1章25節  ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。

ヘブル人への手紙 4章12節 AMP  神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。