2024年6月26日(水)
目的を持って走れ
Run With Purpose

「なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。」(2コリント5:10)

時々、主が召されたことにあなたは集中しているかどうか、自分自身を評価することが大切です。私たちは一人ひとり、キリストにあって果たすべき各自の目的と運命を持っており、いつの日か、私たちが地上にいる間に行ったすべてのことを主に説明する日が来るのです。

聖書によれば、良い行いをした者は主から賞賛を受け、報いを受けます。ですから、御霊は使徒パウロを通して、第一コリント9章24節で私たちを励ましてくださるのです。「競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。」

人生は競争です。人生という競争では、賞を得るために走るのです。目的を持って走るのです。どうでもいいような生き方をしてはならないのです。上の聖句を詳細訳にはこう書かれています。「あなたがたは知らないのですか。競争する場合、すべての走者が競うけれども、賞を受ける者は[ただ]ひとりです。あなたがたも[賞を]得る[自分のものにする]ために走りなさい。」

栄光をもって勝利するという決心で走り、喜びをもって完走してください。第二テモテへ4章5節にあるパウロの訓戒の一部を思い出してください。「しかし、あなたは、どのような場合にも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。」パウロは自信を持ってそのように鼓舞する訓戒を与えることができました。何故なら、それはパウロの証であったからです。彼は目的を持って走り、自分の務めを十分に証明したのです。

パウロは栄光のうちに自分の競争を終え、こう証ししました。「私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」(2テモテ4:6-8)

私たちは、もっと深い目的のためにこの旅をしているのです。この真理を常にあなたの前に置いておけば、あなたの生き方を導く光となることでしょう。ハレルヤ!

祈り
愛する父よ、私は情熱をもって献身し、私の人生に対する神の目的を成就し、栄光のうちに私の競争を終えるのです。私は永遠の実と義の業を結ぶために、神の御言葉に生き、神の知恵に導かれて、この競争を熱心に走ります。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

参照聖書
(1コリント9:24-27)競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

(コロサイ3:23-24)何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。

(2テモテ4:6-8) 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。