Talk Differently

「死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。」(箴言18:21)

あなたの言葉があなたの未来になるとご存じでしたか?すべての人間は、自分の言葉によって特徴づけられます。今日あなたがどうであるか、あなたがこれまでどうであったかは、あなたの言葉の結果です。だから、言葉を意識して、正しく語るように訓練する必要があります。人は周辺の世界から、特に良くないコミュニケーションを通して言葉を学びます。「この仕事で本当に死にそうだ」と、自分の仕事について継続的に言っている人は、恐らく職場の同僚や友達から聞いて覚えたことでしょう。このように話すことを、かっこいいと思っていたからかもしれませんが、その人は死も命も、自分の言葉の力から来ることを理解していないのです。

クリスチャンとして、あなたは違う言葉を語らなければなりません。死について決して話してはいけません。いつも命について語ってください。神の御言葉の言語を学び、語ってください。「この仕事で殺される」と言っている人は、おそらく、60歳か65歳には、心臓発作か関連の病気によって体が正しく機能しなくなるでしょう。その人の状態は、数年にわたる否定的な告白による結果なのです。

いつも「怖い!」「雨が降りそうなので心配だ!」「残念ながら、私はあなたの家に行けない!」などという人のように、人のむなしい低俗な言葉を使わないでください。雨が降るからといってどうして恐れる必要がありますか?もしあなたがそのように話したら、恐れが巨大に沸き上がり、あなたにとりつくでしょう。「また、お腹が痛いようなの」と言わないでください。腹痛はあなたのものではありません!腹痛は神からのものではありません。だからあなたのものとして受け入れないでください。私たちは、神が与えられた言語で、神からくださったことだけを話すのです。「ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。」(1コリント2:12-13)

イエスは言われました。「わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。」(ヨハネ12:49) イエスが、「自分から話したのではありません。」と言われたとき、イエスは、自分の考えで話したのではない、という意味です。つまり、イエスが話したことは、自分からの言葉ではないということです。イエスが語ったすべてのことは、御父から来たことでした。

クリスチャンは、自分から話すのでもありません。私たちは、神の御言葉を話し、御国の言葉を話すのです。神に栄光がありますように!

告白
愛する天の父よ。私を御国に移し、御国の言語を語るようにしてくださりありがとうございます。イエスのように、私も自分から話すのではなく、ただ御父の言葉だけを語ります。私は圧倒的な勝利者です。すべてのことが働いて益となります!私のうちにおられる方が、世よりももっと素晴らしいからです。私は、世界の祝福です。ハレルヤ。

参照聖書
ヨハネ12:49-50  わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。 50 わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」

マルコ11:23-24  まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。 24 だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。