Pray With Understanding

“まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。” (マタイ 18:19)

私たちが理解を持って神様を賛美することができることのように、祈りにも理解を持ってする祈り(praying with understanding)があります。これは知覚(the understanding)を持ってする祈りや賛美とは別のものです。知覚を持って祈るのは、あなたの心と理解することができる言語で、あなたが祈ることです。言い換えると、異言で祈らないことです。第一コリント14:14はこう言います。“もし私が異言で祈るなら、私の霊は祈るが、私の知性(understanding)は実を結ばないのです。”

反面、理解を持って祈ることは、あなたが特定の祈りの原理を理解することを意味します。言い換えればあなたは神様の御言葉に従って祈り、あなたの祈りは明らかな方向を持っていることです。あなたはその祈りに対する理由だけでなく、結果までも知っています!あなたは、あなたがキリストと共にした共同相続人というのを分かって祈りし、あなたが全地の王であられる方に祈っているのを知って祈ります。結果的に、あなたは畏れのこころを持って信仰の中で、主がなさるのにあまりにも難しい事は何もないという確信を持って祈ります。

へブル人への手紙11:6はこう言います。“信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。”したがって理解を持って祈るとき、あなたはキリストの中であなたが誰であるのかに対する知識を持つようになります。あなたは父に対する知識を持つようになり、信仰がなくては神様に喜ばれることはできないのが分かるようになります。

理解を持って祈るとき、あなたは神様の御言葉が働かないならば、あなたの祈りはむなしいことを知るようになります。だからあなたは御言葉によって祈ります。あなたは異言を語るときさえも、あなたが人ではなく神様に話しているというのを認識し、あなたはあなたの状況に対し奥義を話しているのが知るようになります。“異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです。というのは、だれも聞いていないのに、自分の霊で奥義を話すからです。”(Ⅰコリント14:2)

これがまさにある“問題”があるときに祈る方法です。あなたの人生やあなたの国で神様のみこころと一致しないある問題が起こった時、理解を持って祈ってください。あなたは結果を得るようになるでしょう。

祈り
主よ、今日勝利する祈りを通して、私に知識を悟らせてくださり、分け与えてくださり、感謝します。私が理解を持って、私に向かう主の完璧な計画にふさわしく状況を変化させ祈る時、私の信仰は強くなります。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

参考聖句:
ルカ 18:1
ユダ1:20

1年聖書通読:
Ⅱコリント 13:1-14
伝道者 6-8章

2 年聖書通読:
Ⅰテモテ 1:15-20
エレミヤ 32章