The Joy Of A Glorious Finish

“イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころを行い、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。” (ヨハネ 4:34)

主イエス様が、父の遣わされた御業を成し遂げられなかったと想像してみてください。救いは完成できなかったことでしょう。イエス様の焦点は父のみこころと目的を成すことにありました。“わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。”(ヨハネ10:10) 主は、主の任務の重要性とその永遠なる意義を知られ、すべての身の回りのことを後にして、驚く節制と勤勉さでそのことに専念されました。このような理由で主は最後に“完了した。”(ヨハネ19:30)と大胆に宣言されました。主の任務に対する主の節制と勤勉さと献身によって、すべての信じる者たちは福音を通して、救いと永遠のいのちを持つことができるようになりました。

何人かの人々は、自分に任された務めに対してとても完遂できない様子と見えます。彼らはその働きを部分的にだけ遂行し卓越して終わらせることはできません。これがあなたの事例となってはなりません。あなたに責任が与えられる時、その仕事を卓越して終わらせるまで必ず最善を尽くして自分を訓練してください。神様があなたに任されたことだけでなく、毎日の人生で起こることの中でも、これがあなたの目的とならなくてはなりません。聖書は言います。“ 始めることだけして終わりの結びができないならば、その事業は何の価値がありますか?

イエス様をならってください。イエス様は言われました。“わたしを遣わした方のみこころを行い、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。”(ヨハネ4:34)  主は 御業を成し遂げる時、単に“着手”だけではなく、またそのことを済ませることも決断をされました。へブル人への手紙12:2は、イエス様はご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍ばれたということを、私たちに教えてくれます。あなたの態度も同じくこうでなくてはなりません。あなたが携わって(たずさわって)いる組織で雑多な事ごとがあなたを妨害するとしても、プロジェクトの卓越した結果物を出すのに、信頼するに足りる人となってください。栄えある完成から来る喜びによってやる気を起してください。あることを卓越して完成する時まで、最後までついている人として知られてください。

祈り
主よ、私の中で行われ主の喜びのみこころのために私に願いを置かれ行うようにしてくださり感謝します。私は驚く持久力と集中力を持っており、私に与えられたすべての任務を卓越して完成することができます。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

参考聖句
Ⅰコリント4:2, ピリピ 2:13

1 年聖書通読:
Ⅱコリント10:1-18
箴言 27-28章

2 年聖書通読:
Ⅱテサロニケ3: 1-10
エレミヤ 28章