Preach With Clarity

「…大ぜいの群衆は、イエスの言われることを喜んで聞いていた。」(マルコ12:37)

主イエスはとても刺激的で興味深い方法で、御言葉を伝えてくださいました。イエスはとても簡単に福音を伝えられました。今日の本文は、多くの人々がイエスの言葉を喜んで聞いたと言っています。 「聞いた」という言葉は、単に言葉を聞くことではなく、その意味を理解するということです。  

あなたは立派な説教だと呼ばれるほどの内容を伝えることもできますが、聞き手やミニストリーの対象がその言葉を理解ができない場合、あなたは効果的に伝えていないということです。T.L.オズボーン牧師は、かつて「あなたが教えたのに、人々が学んでいなかったなら、あなたは教えたのではありません!」と言いました。いかにフィットする言葉でしょう!

福音を明確に伝えて教えてください。主を見習ってください。多くの人々は、イエスのもとに訪れ、イエスのすばらしい御霊に満たされた言葉を聞くことを願っていました。彼らは主の言葉を理解したので訪ねし続けました。マルコ8章では、イエスの言葉を聞くために、3日間にわたって大勢の人が集まった様子を記録しています。別の機会に、イエスは浜辺の混雑のため、弟子たちに指示して舟を用意し、舟から人々に説教をしました(マルコ3:9)。彼らはイエスの言葉をどれほど思慕したでしょう!

キリストのメッセージは、曖昧でも、考えが複雑でもありませんでした。イエスに対する中傷者でさえ、「イエスが話すように話した人は、いまだかつてありません」と認めました(ヨハネ7:46)。イエスは集まった人々の願いを知っていたので、彼らが神の御心を聞き分けることができるよう、適切な例えで教えられました。

ある日、イエスはガリラヤの海辺を歩いているとき、漁師であるシモンとその兄弟アンデレを見て、彼らにこう言われました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」(マルコ1:17)。イエスの例えは適切でした。彼らが易しく共感できるものでした。

あなたが福音に対する真理を説教したり、教えたり、表現するにも同様に言えます。曖昧で理解できない言葉を使わないでください。明確に伝えましょう。使徒パウロも、これを心に留めてメッセージを明らかに伝えるようと努めました。コロサイ4:4で、パウロは言っています、「また、私がこの奥義を、当然語るべき語り方で、はっきり語れるように、祈ってください。」 なんという願いでしょう! これを常に念頭に置きましょう。

祈り
愛する御父よ、シンプルで力である福音を伝えるように、私の中で働く聖霊の力に感謝します。私が教える言葉は、人の知恵の魅力的な言葉ではなく、御霊と能力の現れであり、聞き手たちの心に、救いと祝福に対する信仰を引き起こします。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(1コリント2:4) そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。

(コロサイ2:3-4) このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。4 私がこう言うのは、だれもまことしやかな議論によって、あなたがたをあやまちに導くことのないためです。

(ヨハネ7:44‐46) その中にはイエスを捕えたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。45 それから役人たちは祭司長、パリサイ人たちのもとに帰って来た。彼らは役人たちに言った。「なぜあの人を連れて来なかったのか。」46 役人たちは答えた。「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」