2024年10月26日(土)
旧約が映し出す携挙
Old Testament Reflections On The Rapture
「あなたの死人は生き返り、私のなきがらはよみがえります。さめよ、喜び歌え。ちりに住む者よ。あなたの露は光の露。地は死者の霊を生き返らせます。」(イザヤ26:19)
冒頭の聖句は、携挙の際に何が起こるかを私たちに深く垣間見せてくれます。さらに明確にするために、七十人訳(ギリシア語の旧約聖書)を参照しましょう。「死者はよみがえり、墓にいる者はよみがえり、地にいる者は喜びます。あなたからの露が彼らには癒しだからです。しかし、不敬虔な者の地は滅びます。」20節では、こう指示されています。「さあ、わが民よ。あなたの部屋に入り、うしろの戸を閉じよ。憤りの過ぎるまで、ほんのしばらく、身を隠せ。」
「憤り」とは神の怒りで、ダニエル書やヨハネの黙示録に記されているように、聖書で三年半の間行われる裁きの期間のことです。この期間は、ダニエル書の預言の第70週として知られる、神がイスラエルの民を再び扱う7年間の時間の一部です。これは週を年単位で表します。つまり、各週ごとに7年の期間があり、私たちは現在第69週から第70週の間にいるのです。メシアの死を含む第69週と第70週の間に、教会がやってくるのです。
艱難時代、イスラエルの民はエドムとモアブに逃れます。しかし、これらの地域は預言で言及されている「部屋」ではありません。エドムとモアブは避難所にはなりますが、安息や安全の場所を意味するものではないのです。むしろ、この時代はヤコブにとって悩みの時であり、安息の時ではありません。
イザヤ26章20節で言及されている「部屋」とは、教会が天に携挙されることを指していることで、この神秘的な概念は、旧約聖書では容易に理解されませんでした。しかし、これらの預言的な謎は、教会に特別な務めを与えられたパウロによって解き明かされ、それまで知られていなかった預言の側面を明らかにされたのです。神を賛美しましょう!
祈り
愛する父よ、携挙と御言葉の神秘の啓示を与えてくださり感謝します。私は、来るべき怒りから逃れて、空中で主に会うために引き上げられるという保証を喜びます。私はこの真理に照らされて生きることを強められます。人類のために、主の栄光と永遠の計画に私たちを加えてくださることを感謝します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ダニエル9:24-27)あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている。それは、そむきをやめさせ、罪を終わらせ、咎を贖い、永遠の義をもたらし、幻と預言とを確証し、至聖所に油をそそぐためである。それゆえ、知れ、悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と至聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげものとをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現れる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。
(1テサロニケ4:16-17)主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
(1コリント15:51-52)聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。