Practise The Word

「自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。 だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」(マタイ5:46-48)

神のことばは、あなたがそのことばによって生きた時、つまり、意識的に実践した時にのみ、益となって働きます。たとえば、今日の本文は、あなたが実践すべき御言葉です。御言葉によって日々歩み、生きていきましょう。御言葉を習得中は、失敗することもあるでしょう。御言葉を実践する時には、失敗もあるでしょう。でも、諦めないで、「大丈夫。努力できた」 と、続けてみてください。きっとより良くなることでしょう。

今日の本文の後半部分では、「あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」(マタイ5:48)と言っています。あなたが、努力し続けるなら、次第に失敗が少なくなり、後に「私はキリストの意識(マインド)を持てるようになった」と自信を持って言えるようになるでしょう。クリスチャンとして、御言葉を実行することは、人生でクリスチャンの利点を十分に楽しむ方法です。なぜなら、神の力は、神の言葉の内にあるからです。(ローマ1:16) もし、あなたが自分の人生の中で、もっと神の力を体験したいなら、御言葉を実践し続けなければいけません。たとえば、御言葉に「何も思い煩ってはならない」(ピリピ4:6)とあれば、それを、実践しなさい。何を食べようか、何を着ようか、どこに住もうかなどと心配したり苛立つのを止めなさい。むしろ、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

あなたは、神の御言葉で生きるために呼ばれたのです。イエス・キリストは生きた神の御言葉であり、聖書は、私たちは、イエスにならって生きるのだと言われています。パウロは「あなたがたは私たちの推薦状なのです。」(2コリント3:1)と言いました。 それは、私たちは、御言葉の現れだという意味です。1ペテロ1:23では、「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。」と書かれています。あなたは、御言葉によって生まれたのですから、あなたは、あなたを造り上げた御言葉によって生きなければなりません。なぜならすべての生きものは、その源とつながり続けなければならないからです。 神のことばにつながり続けなさい。そして、日々御言葉で生きましょう。

祈り
愛する天の父よ、あなたの御言葉を私の霊に現してくださってありがとうございます。私は御言葉に繋がっています。したがって私は、御言葉により、花を咲かせ、あなたの御名の栄光へと永遠の実を結び繁栄しています。私は義の考えを思い、私の人生は、日々御言葉の現れと宣言です。イエスの御名によって祈ります。

参照聖書
第二コリント3:1-3  私たちはまたもや自分を推薦しようとしているのでしょうか。それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた推薦状とか、あなたがたの推薦状とかが、私たちに必要なのでしょうか。私たちの推薦状はあなたがたです。それは私たちの心にしるされていて、すべての人に知られ、また読まれているのです。あなたがたが私たちの奉仕によるキリストの手紙であり、墨によってではなく、生ける神の御霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれたものであることが明らかだからです。

ヨハネ15:4-5  わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

コロサイ3:16  キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。