In Union With The Father!

“神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」”(ヨハネの福音書 4章24節)

 神は霊です。したがって私たちは、私たちの霊によってのみ神を礼拝し、神と関係を持つことができます。そうだといって、全ての生き物が神を礼拝できるという意味ではありません。動物には霊がないですから、霊によって神を礼拝できません。ただ人間のみ神を礼拝するのができます。ある人は、この面でこう主張するかも知れません。「だけど聖書には、『息のあるものはみな、主を褒め称えよ。(詩編150:6)と述べているけど。』」はい、そうです。しかし、褒め称えること(praise)と礼拝(worship)することには違いがあります。褒めたたえることには意識は必要ないですが、礼拝することには意識が必要です。

 賛美する時のあなたは、神の威厳をあがめます。あなたは感謝し、褒め称えるのができます。しかし、礼拝には神を褒め称えること以上に、そこには交わり(communion)があり、関係があります。その交わりとは、共に食べて飲むことで、「祝福する者」と祝福受ける者、すなわち一番偉い人と一番小さい者の間で結ぶ特別な種類の認識なのです。一番偉い人は一番小さい者を自分の位置へ受け入れます。このようなことは、人間との関係のみ可能です。  

 そう言う訳で、私たちは天使に礼拝しません。天使は素晴らしく力強い存在ですが、神は、キリスト・イエスの中で、私たちを天使たちよりもさらに高い神の御子の座に持ち上げられました。私たちは、どんな天使たちよりも、さらに大いなるキリストと一つとなり、天使よりも高い所にいます。

 私たちもこの世にあって、キリストと同じような者であります(Iヨハネ4:17)。私たちはキリストとともに共同相続人です。「御霊ご自身が、私たちの霊と共に、証しして下さいます。もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受ける為に苦難を共にしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ローマ8:16−17)」そうだといって、私たちがキリストと同等だと言うのではありません。単にキリストと私たちを分離できないほど連合しているという意味です。「しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。(Iコリント6:17)」「御子はそのからだである教会のかしらです。(コロサイ1:18)」私たちは、御父と連合しているのです。神に栄光をかえします!

祈り
愛する御父よ、御父との交わりに招かれる素晴らしい特権をくださり感謝します。私の人生は、御父の知恵と、力と、栄光の現わしです。ですから、私は頂上で歩みます。私はキリストと一つになったので、栄光の領域の中でキリストと共に座っているからです。イエスの御名の中で祈ります。アーメン。

参考聖書
エペソ人への手紙 2:6-7  キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。7 それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜わる慈愛によって明らかにお示しになるためでした。

コリント人への手紙第一 1:9  神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。

ヨハネの手紙第一 1:3  私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。