2022年2月3日(木)
失われた者に手を差し伸べるために感動せよ
Be Moved To Reach The Lost

「エリヤはみなの前に進み出て言った。『あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。』しかし、民は一言も彼に答えなかった。」(列王記上18:21)

列王記上19章10節で、「エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、…」。これが、神がエリヤを愛していたことであり、彼の主に対する情熱であったのです。エリヤは、人々が他の神々に仕え、主の家をないがしろにしていることを非常に残念に思っていました。そこで彼はこう言いました。「主よ、あなたは彼らをこれほどまでに祝福されたのに、彼らは主に仕えようとはしません。雨が降らないようにしてください。そうすれば、彼らはしばらくの間、飢えて、主のところに戻ってきます。」

エリヤは神への情熱のために、干ばつを呼びかけたのです。彼はただ人々を罰しようとしたのではありませんでした。神は彼の心を見ていたのです。神は私たちが神の国に対してその心を持つように望んでおられるのです。あなたの家の近くで、学校で、職場で、街で、あるいは国で、罪ある人を見かけたら、そのことに注意を向けてください。そして、祈り、彼らに福音を伝えてください。

エリヤの時代には、他に百五十人の預言者が隠れていたことを思い出してください。彼らはバアルに屈服していなかったにもかかわらず、その土地で起こっていることに対して何の行動もとりませんでした。しかし、エリヤは神のために立ち上がったのです。彼は祈るように心を動かされたのです。これと同じ理由で、今日、神の事柄に心を動かされ、情熱を傾け、御国の中で福音を伝えるクリスチャンがいる一方で、肉的な事柄に気を取られている人もいるのです。

人と違う生き方を歩んでください。主のために情熱をもってください。私たちの世界で失われた人々に手を差し伸べるため、伴って福音を伝えることに力を注ぎましょう。聖書は、神は「ひとりでも滅びることを望まず」(第二ペテロ3:9)と言っています。あなたは、あなたの世界とその周りの人々にとって神の代弁人であり、救い差し伸べる手なので、変化をもたらすことができるのです。

祈り
愛する父よ、福音の贈り物を与えられ、私をそのメッセージと真理、力の管理者で認めてくださり、ありがとうございます。私はまだ救いの言葉を聞いていない人々に手を差し伸べ、彼らのためにとりなし、霊の中で情熱をもって燃えています。私は、再び来られる主を待ち望みながら、私の世界とその周りの人々に手を差し伸べ続けます。イエスの御名によってお祈りします。アーメン。

参照聖書
(詩編69:9 CEV)それは、あなたの家を思う熱心が私を食い尽くし、あなたをそしる人々のそしりが、私に降りかかったからです。

(エレミヤ20:9 AMPC)私は、「主のことばを宣べ伝えまい。もう主の名で語るまい。」と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。

(ローマ1:16)私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

(第一コリント9:16)というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。