2025年1月19日(日)
困難でも落ち着いている
Unruffled By Challenges
「 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。『あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。』と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ8:35-37)
今読んだ内容は、聖書が私たちに「いつでも喜んでいなさい。」(1テサロニケ5:16)、「何も思い煩わず」(ピリピ4:6)と勧めている理由をさらに理解する助けになるはずです。私たちに不利なことは何もないのです。私たちは逆境の中で勝利するのです。このことを知らない人は、神に解決してもらいたい問題を書き出すことに時間を費やします。彼らは悩みのことで頭がいっぱいになり、神の御言葉にあるシンプルで奥深い教えを忘れてしまうのです。
神は1テサロニケ5章16節で、「絶えず[いつでも、自分の信仰によって]幸福でありなさい。[喜んで、楽しい心でいなさい]」(AMPC)と言われました。これを実践してください。毎日を喜びの日にしてください。主は、物事が完璧なときだけ喜びなさいとは言われませんでした。そうではなく、「絶えず喜びなさい」と言われたのです。悪い知らせ、失望、圧倒されるような困難など、あなたの喜びを奪おうとするものは常にあるものです。しかし、あなたは悩んだり、圧倒されたりすることを拒否しなければならないのです。御言葉にあるように、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」(1ペテロ5:7)
主はあなたが自分の重荷を背負うようにとも、その重荷について心配するようにとも言っておられません。むしろ、「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ4:6)と言っているのです。「些細なことは心配しないが、心配しなければならない重大な問題がある」と考えるのは簡単です。そうではないのです!御言葉は、どんなことでも心配しないようにと言っているのです。
状況が最も深刻に思えるときこそ、笑うべき時なのです!問題は起こるかもしれませんが、あなたを悩ませる必要はないのです。あなたの責任は、御言葉に生きることです。聖書が勧めているように、昼も夜も御言葉を思い巡らせてください。(ヨシュア記1:8)神の言葉はあなたの霊を建て、目的、方向性、励まし、悟りを与えてくれるものです。神の言葉はあなたの霊を強め、逆境の中にあっても確信と平安と喜びを持つ人格を形成するのです。神に栄光があれ!
祈り
愛する父よ、私を建て上げ、私の霊を強めてくださる御言葉を感謝します。キリストにあって、私は逆境に打ち勝ち、いつも勝利しています。主の平和が私の心と思いを守り、主の喜びが私の力となるので、私はいつまでも喜びます。イエスの御名によって祈ります。ハレルヤ!
参照聖書
(ピリピ4:6-7)何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
(ローマ8:28)神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。
(ローマ8:35-37)私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
(ヤコブ1:2)私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。