Empowered Witnesses

“彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。 … 使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。”(使徒 4:31, 33)

 主イエス様は、昇天される前にこう言われました。“しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」”(使徒1:8) この御言葉は、あなたに変化を起こし、主イエス様のために効果的な証人できる者が、自家発電能力(self-generating power)があるという意味です。この力は、あたかも発電機のようにあなたの中で働きますが、これは聖霊様の働きによるものです。

 主は、同じくキリスト者の内にある聖霊様の力の働きを‘生ける水の川’(ヨハネ7:38)として描写されました。私たちを通して能力で神様の御言葉に仕え、神様のいつくしみを分け与えるように私たちの中で‘沸き上がる(bubbling)’ものがあります。私たちと共におられるだけでなく、私たちの内にも臨んでおられる聖霊様は、私たちを復活の効果的な証人とさせます。私たちは福音についてただ黙っていることはできません。福音は私たちの骨の燃えさかる火のようです(エレミヤ20:9)

 イエス・キリストの教会は、悪魔が私たちに信じさせるほどの惰弱や無気力ではありません。私たちは力を受けた証人です。私たちは‘ことばの知恵’ではなく(第Ⅰコリント1:17)、愛と力の現れによって(第Ⅰコリント2:4)福音を伝えるように油注ぎを受けた者であり、これは“キリストの十字架がむなしくならないため”(第Ⅰコリント1:17)なのです。 私たちの福音伝道がただ言葉だけで成されるのなら、私たちの時代にキリストの十字架は効果的ではないでしょう。キリスト教は、超自然的ないのちなので、神様の力は必ず私たちの人生で現れなくてはいけず、同じく私たちは同じ力で世に影響を及ぼさなくてはいけません。ここまで至ることができないものは何でもまことのキリスト教ではありません。

 神様の御言葉の光の中であゆみを続けて下さい。そしてあなたの内に住まわれあなたが効果的な証人となるように力で着せられた聖霊様の実在を意識してください。

祈り
愛する父よ、 変化を起こされ復活の効果的な証人となるよう聖霊と力で油を注いでくださり感謝します。今日私がこの世に福音を伝え父のいつくしみを分かち合う時、私のうちにある聖霊様の力が活性化され、父の恵みと愛を知る知識で多くの人々を連れ戻すことになるでしょう。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

参考聖句
マルコ16:15、第Ⅰコリント2:1-5