The Measure Of Faith

“私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。”(ローマ12:3)

 今日の本文の御言葉で使徒パウロは、この世の全ての人々ではなくキリストの教会である私たちに向かって語っています。“…神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。…”(ローマ1:7) 神様は私たち各自に、信仰の量りをお与えになりました。“神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量り (the measure of faith) に応じて” パウロは“信仰の任意の量り(a measure of faith)”とは言っていないことに注目しましょう。彼は、定冠詞“the”を用いることで、信仰にはただひとつの一定した分量だけあり、神様は全ての人に同じ分量を与えられたことを表しました。

 もしも聖書が、“むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の任意の量りに応じて、”と言ったのならば、これは私たちが各自異なる信仰の量りを受けたということを意味します。
しかし、そうではありません。たった同一なる信仰の量りだけであり、私たちは全て新しく生まれたときにこの分量を受けたのです。しかし受けたものを用いて、何をするのかはあなたの責任です。あなたはこのように質問するかも知れません。 “私が必要な信仰をすでに受けたとするならば、なぜイエス様はマルコの福音書11:22で‘神を信じなさい。(Have faith in God)’[または ‘神の信仰を持ちなさい。(Have the faith of God)’]と言われたのでしょうか?”

 マタイ、マルコ、ルカの福音書に出てくる信仰についてのイエス様の教えは、新しく生まれていない感覚の知識で生きる人々のためであることを悟らなくてはいけません。しかし新しい被造物であるあなたは、霊の信仰を持って御言葉から生まれました。あなたが福音を受け入れたとき、信仰があなたに臨んだのです。この信仰の量りは私たち全てに同じ大きさで与えられました。あなたがすべきことは、あなたの信仰を用いて育てることです。あなたの信仰は御言葉を聞くことで大きくなりますが(ローマ10:17)、御言葉によって行動し訓練するとき、より強くなるのです。

 主イエス様は次の御言葉を通して、一番小さな信仰をもってさえも私たちがどのような事を行えるのかを教えています。“…もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。”(マタイ 17:20) あなたの信仰があまりにも小さいと考えないで下さい。あなたが自身の信仰をいくら小さく考えようとも、それは山を動かすことのできるものです。あなたが新しく生まれたとき、あなたの霊に与えられたその信仰は、不可能なことを行えるほどに十分強いものです。その信仰を用いて、あなたの世を変化させましょう!

祈り
愛する父よ。あなたの御言葉を通して私の信仰が成長なり、また人生の中で直面する出来事を通して私の信仰が強くなることを感謝します。どのような状況の中でも勢力を得て、世に打ち勝つ信仰を立てるように助けてくださり感謝します。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

参考聖句
Ⅱコリント5:7、ヘブル11:1