Separate The Truth From Facts

“主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。 正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人。”(詩篇15:1-2)

ヨハネの福音書8:32で、主イエス様は言われました。“そして、あなたがたは真理(the truth)を知り、真理はあなたがたを自由にします。”ここで言われた真理は神様の統治領域の中にある真理であり、事実(fact)とは異なるものです。事実があって、真理があります。真理とはすなわち実在(reality)ですが、事実(fact)というのは、すべて合いはしません。

ある事実がまさに真理である時もありますが、いつも真理であるとは限りません。例えば、健康診断の結果、キリスト者の体に腫瘍や伝染病があるというならば、医者のその診断は事実だとしても真理ではありません。それなら、この脈略で真理は何でしょうか? 真理はキリスト者の健康について神様のことばが啓示することです。その腫瘍はあなたの体にあることもあります。しかし、真理であり実在である神様のことばは、キリストのうちであなたは、完全であると言われました。(第Ⅰペテロ2:24) 物理的な事実から目を離し、あなたの神聖なる健康を確証する神様のことばの実在に注目してください。事実を注目し、考慮し、認識することを拒絶することにより事実を変化させること、それがまさに信仰がすることです。

主のことばに注意してみてください。主は“そしてあなたがたは事実(the facts)を知り、事実はあなたがたを自由にします。”と言われませんでした。主は、こう言われました。“そして、あなたがたは真理(the truth)を知り、真理はあなたがたを自由にします。”神様のことばの真理が、人生の“事実”からあなたを救います。したがってあなたはただ“真理”だけを考えて言わなくてはなりません。真理とは、すなわち神様のことばです。“あなたのみことばは真理です。”(ヨハネ17:17)

上の本文箇所は、あなたの心(heart)に真理を語ることについて話しています。どのようにあなたの心に真理を語るのでしょうか? これはあなたの心で真理を考えることから始まります。もしあなたの心で真理を考えないならば、真理を語ることもできないことでしょう。真理とは、神様が神様のことばがあなたについて語ってくださることです。あなたは人生でただそれだけを考慮しなくてはならず、それだけが、あなたの考えとことばを支配するようにしなくてはなりません。例えばもしも誰かがあなたに“あなたはあまり賢くもなく、特別に優れているものがない”と言ったならば、あなたはそのことばをすぐに拒絶し、自ら自身にこう言わなくてはなりません。“私は、私が誰か知っている。私は神様の特別な宝であり、完全で、素晴らしく賢くて卓越している!”

祈り
愛する父よ、私が今日そして毎日守って生きる真理のみことばを下さり感謝します。父のみことばは、私に光と悟りをくださり、私の信仰を強くし、キリストイエスの中で父が私にくださった全てのものをつかむことができるようにしました。私が父のみことばの中で、従って生きる時、私は私の道を栄えるようにし、勝利者として生きていきます。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。

参考聖句
エペソ4:14-15、ヨシュア記1:8