Jesus Is The Express Image Of God

「ピリポはイエスに言った。「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。」 (ヨハネ14:8-9)

聖書によると、イエスのうちに、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っていると言っています(コロサイ2:9)。その意味は、神の姿について知りたい人は誰でもイエスを見るべきなのです。イエスがピリピに言われたのも不思議ではありません。「わたしを見た者は父を見たのです」。イエスは御父のご性質の明白な姿です。

天には三つの御座があると信じている人もいます。一つは御父、一つは御子イエス、そしてもう一つは聖霊の御座であると信じています。しかし、それは真実ではありません。御父は喜んでイエスに神の御座を含めすべてのものの相続の主として任命されました。

したがって、天の御座は一つのみで、イエスはその御座に座っているのです。では、御父はどこにいますか?御父はイエスの内におられます!聖書は、神は御心によって、満ち満ちた神の本質を御子の内に宿らせることを、父は喜ばれると書かれています(コロサイ1:19)。次に、コロサイ2:9は、キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っていることを知らせています。もしあなたが、イエスを見たのなら、あなたは御父を見たことです。

ヨハネ10:30で、イエスが「わたしと父とは一つです」と言われたとき、ユダヤ人は石を拾い、イエスを殺そうとしたことは不思議ではありません。なぜでしょうか?ユダヤ人は、イエスがご自分を神と同等な存在にさせたことで、こう言いました、「…冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです。」

ユダヤ人は、イエスが「わたしと父とは一つです」と言われた言葉の意味を理解しました。しかし、彼らはイエスの言葉について神を冒涜すると考えたのです。彼らはイエスが誰であるかを知らなかったためです。イエスの内には神の完全な神聖が宿っているのです。あなたがイエスを見たなら、父と聖霊を探し求める必要はありません。

イエスは神の完璧な姿であり、神のアイコンです。イエスは神の栄光の表現であり、相続によって、天と地のすべてにおいてまさる名を得られたのです。ピリピ2:9-11はこう宣言しています、「それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。」イエスは王の王であり、主の主です。ハレルヤ!

祈り
愛する主イエスよ、すべての栄光、名誉、そして威厳を主に帰します。主は栄光の王、天の喜び、そして明けの星です!主は神の栄光の輝き、神聖の美しさであり、そして御父の本質の明白な姿です。尊い救い主を礼拝し愛しています。主のような方はだれもいません!主の王国がこの地を支配し、すべての人の心に永遠に確立されています。アーメン。

参照聖書
(ヘブル1:1-3) 神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。

(コロサイ2:9) キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。