The Path Of Life

“あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。”(詩編16章11節)

 使徒ペテロは、使徒の働き2:28で、上の聖書箇所を引用するにおいて、預言的な言葉を成就された言葉へと、違った表現で述べています。彼は、「あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます…」と言うよりも、彼は「あなたは、私にいのちの道を知らせ、御顔を示して、私を喜びで満たして下さる。」と言いました。

 「御前」と翻訳されたギリシャ語、「プロソポンprosōpon」は、実際に「臨在presence」を意味します。それは、ほぼ「御顔」を意味し、「主の臨在の前で御顔を見る」と類似しています。しかし、それはまた詩編記者が言ったことのように「臨在presence」を意味したりします。それでは、詩編記者が「あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。」と言った時、何を言おうとしていたでしょうか。

それは、神が私たち一人一人のため、素晴らしい人生を計画されたという意味です。主は、私たちが進むべき道を備えて、どうやって生きるべきかを備えて下さいました。それは栄光の道です。神がこう言われたことは、不思議ではありません。「義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴言4:18)」

 しかし悲しい事に、いつも失敗への方向や道で、自分を見ている人々がいます。彼らは物事が彼自身だけに上手く進まなく、それが、神が彼らに与えられた運命だと考えています。そうではありません。全ての人たちは素晴らしい人生を送る権利を持っています。そして、それは、あなたが取るべき選択です。ある人達は、神が祝福される人を選ばれると思います。神があなたを祝福するために選ばないと、あなたはそれについて何もすることができないと思っています。それは、神の方式ではありません。イエスは全ての人を救うために死なれたのです!

 ヨハネの福音書3章16節は、こう書いてあります。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠の命を持つためである。」 誰も敗北した人生を生きてはいけません。これ以上惨めになったり、貧しくなったり、失敗してはいけません。あなたの身代わりとなったキリストの贖いの結果は、栄えある人生です(Iペテロ1:11)。しかし、多くの人たちはこれを知らないのです。全ての人が栄光の道を歩み、キリストにある彼らの相続財産を知り、理解を持つように働くことが、私たちが福音を宣べ伝える理由なのです。

祈り
愛する御父よ、あなたの御言葉を通して勝利と優れた道へと私を導いて下さり感謝します。私が見るように目を開いてくださり、私のために備えられた偉大な道で、私の歩みを導いて下さる聖霊様に、私自身を明け渡します。私は父の導き、助言、知恵を受けるため、私自身を完全に明け渡します。イエスの御名の中で祈ります。アーメン。

参考 聖書
ローマ8:14  神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

イザヤ書30:21  あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。