You’re A Legal And Vital Child Of God

「私たちが神の子どもと呼ばれるために、――事実、いま私たちは神の子どもです。――御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。」(1ヨハネ3:1)

クリスチャンは、まことに法的にも実際的にも、神の子どもです。1コリント6:20では、使徒パウロはこう言います、「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。」 それは贖いの法的側面です。あなたは代価を払って買い取られました。そして今、神は、私たちを神と同じ類いとして、神ご自身を私たちの中に注ぎ込んでくださいました。それによって、私たちの体は、神の証の幕屋、つまり神の生ける聖殿になったのです。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。」(1コリント6:20)。これが贖いの実際的な側面です。 贖いの法的側面が、神のいのちを実際に経験可能にしました!

それは私たちの義についても同じです。いくつの人たちは、まだ私たちが義の法的な側面だけを持っていると考えています。そうではありません。私たちは実際的な義を持っています。神は私たちにご自身の義を与えられたので、もうあなたには罪悪感や非難せず、劣等感なしに神の御前に立つことができます。1ヨハネ3:1-2で、使徒ヨハネは、こう叫びました、「私たちが神の子どもと呼ばれるために、…御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。…」 これは約束や預言ではなく、 実際に対する宣言であり、現在の真理です。

「神の子」とされた私たちの実際的な側面は、私たちが新しく生まれたのは、神の御霊から生まれたということです。1ペテロ1:23は語っています、「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。」 今、私たちは、神の命を持っています。 私たちは、もはや普通の人ではありません。 私たちは、超自然的な命を生きています。

使徒ヨハネは、私たちが実際的な神の子であることを説明するために、子として養子縁組されたり、子の位置を得ることにより権限を扱う方法を学ぶ説明の用語であるギリシャ語の「フィオテシアhuiothesia」を使用せず、「テクノンteknon」という単語を慎重に選びました。私たちは、今、神の子どもです。私たちは、神から生まれました。明日か、またいつの日か、または私たちが天国に行く時ではなく、今です。 新しく生まれ変わったそのとき、神の子どもになりました。ガラテヤ4:6は、「そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。」

祈り
愛する御父よ、永遠の命を実際に経験できる贖いの法的側面において、ありがとうございます。御父は私を、神の性質に加えてくださり、神と同じ類いの一貫にしてくださいました。 私は命に満ちており、御父の栄光と賛美と勝利に生きています。イエスの御名によってお祈りします。 アーメン。

参照聖書
1ヨハネ3:1-2 CEV私たちが神の子どもと呼ばれるために、――事実、いま私たちは神の子どもです。――御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。2 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。

ヨハネ1:12―13 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。13 この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。