You Don’t Need To Ask Him
「だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。」(マルコ11:24)
祈りの目的は、神にものごとをお願いすることだと思っている人がよくいます。しかし、神に求めをすることが祈りではありません。「祈り」という単語は、包括的な意味を持つ言葉です。しかし多くの人は、ただ祈りをいくつかの同義語の一つで、何を要求して懇願するという意味でのみ考えています。しかし、祈りは何を求めている以上のことがあります。祈りのより高い次元の目的は、何かを求めることと関係がありません。
祈りの目的に対する誤った考えから、クリスチャンのうちのある人達は、今日の御言葉を読む時、神に願い事をすることだと思ってしまいます。しかし、今日の御言葉を正しく理解される必要があります。イエスは「祈ってお願いするものは…」とは言いませんでした。「祈り求めるものはなんでも・・・」とだけ言っており、お願いをしなさいとは言っていないのです。
つまり、賛美や礼拝の中で祈っていて、求めていることがある場合、すでにそれは聞き入れられていると信じてくださいという意味です。神にお願いする必要はないのです!聖書は次のように言っています。「・・・あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」(マタイ6:8)神はあなたが求めているものをご存知です。神は、あなたの心を知っています。 したがって、祈る時間は、あなたが求めているものを神にお願いをする時間がありませんが、祈りの中には、何でも受けることができるのです。
祈りは何よりも、あなたの御父と交わりながら対話することです。神はあなたの心を正確に知っておられるので、交わりの中で、「主よ、すでに応えられていることを感謝します!」と言ってください。例え言及しなくとも、あなたの心を見ておられる御父は、あなたの求めているものに応えてくださいます。
もしあなたがこのような祈り方をしなかったのであれば、今からこれを実践してください。主と交わりながら異言を語り、主に賛美し礼拝する中に、あなたが求めているものを主から受け取ってください。要求を述べるのではなく、求めているものが応えられたことを、具体的に宣言するのです。これが、神の御国の法則です。これを実践してください、そうすればあなたは結果に驚くことでしょう。神を賛美します!
祈り
尊い、愛する御父よ、あなたの御名はこの地においてなんと素晴らしいでしょう!あなたの愛は天まで届き、あなたの忠実は永遠です。あなたは、楽しみの川から全人類が飲むことを許され、父の家の豊かさによって養っておられます。私は父との豊かな交わりの時間を楽しみながら、心の中の願いの応えを受け取っています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参考聖書
ローマ人への手紙 8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。
箴言 15:11 CEV よみと滅びの淵とは主の前にある。人の子らの心はなおさらのこと。
ローマ人への手紙 8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。