2024年7月14日(日)
あなたの献金を計画せよ
Plan Your Offerings
「だれでも嫌々ながら[辛く感じて]あるいは強いられて、ではなく、自分で決心した[自分の心で思い定めた]ところを[寄付しなさい]。…」(2コリント9:7AMPC)
神に捧げることは常に喜びであるべきであり、そうすることで私たちは祝福されます。しかし、主の御言葉に従って行うことで、より大きな結果を得ることができるのです。
主に捧げる献金を計画することには、大きな意味があります。主は神であり、人間ではないことを忘れてはなりません。主への献金は聖なるものなのです。それは聖別されたものであり、注意深く考えるに値するものです。それはあなたが意図的にしなければならないことです。
神への献金は、「気軽な」捧げ物ではなく、礼拝として捧げるものなのです。神に捧げるとき、あなたは神に向かって、「私はあなたが神であることを認め、あなたを私の主として礼拝します 」と言っているのです。
献金を神に捧げることは、自分の「余分なもの」や本当に必要でないものを捧げることだと誤解している人がいます。そのようなアプローチは、経済的に不安定になり、将来的に困難が生じる可能性があります。献金は計画的に行い、献金の神聖さと尊厳を認識しましょう。
使徒パウロは、「あなたがたはそれぞれ、十分な時間をとってよく考え、何をささげるか、自分の心に決めてほしい…」(2コリント9:7 MSG)と語っています。あなたの献金の霊的な意味を認識することで、献金に伴う神の祝福を十分に経験することができるのです。
献金について反対の議論に振り回されたり、献金の意義を軽視する人々に影響されたりしてはなりません。その代わりに、御言葉に注意を払ってください。イエスは、ルカによる福音書6章38節でこう言われました。「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。…」
什分の一献金や初穂の献金と感謝の献金とは別で、種として特別の献金をどのように主に捧げるのかを深く祈って計画してください。これは、経済的な管理責任の不可欠な部分です。「神は快く[いそいそと]寄付する者[寄付することを心から大切に考えている者]を愛される[神は彼を喜び、他の色々な事に勝って大事にし、彼を捨て去ることを喜ばれない]からです。」(2コリント9:7AMPC)この御言葉を意識し、献金を計画して、喜びを持ってささげてください。
これこそ、あなたの人生のあらゆる面で、神の豊かな祝福のうちに歩むための方法なのです。神を褒めたたえます。
祈り
愛する父よ、献金を捧げる特権と祝福を感謝します。私は神の知恵をもって、一貫して、敬虔に、そして喜びをもって行います。ですから、私は義の実を結び、豊かな祝福の中を歩んでいきます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ルカ6:38)与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。
(2コリント9:6-7)私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。